Te wo Arai mashou.

きのこ帝国とベイビー・ドライバーと私 白いイヤホンで音楽を聴く日常は、いつか過去の文化になる。

絡まってしまった白いイヤホンの塊をポケットからほじくりだす。知恵の輪のように時間をかけてこの塊を解きほぐしているとき、年老いた自分の丸まった寂しい背中が目に浮かぶ。

「あのジジイ、まだ有線イヤホン使ってるの?ってかいまどきiPhone って(笑)」

未来の若者の嗤い声が僕の胸を残酷に突き刺す。いや、油断するな。それは50年後の話なんかじゃない。2019年現在、すでにもう嗤われているに違いないのだ。iPhone はともかくとして有線イヤホンは間違いない。

世間はもうとっくにワイヤレスイヤホンに移行しているのだから。

さよなら、きのこ帝国

2019年5月27日、きのこ帝国という偉大なバンドが活動休止を発表。大きな衝撃でした。

公式サイトによるとあくまでも活動休止なので「さよなら」という表現はいささか不適切かもしれませんが、やはり僕はそう言わざるをえないのです。

コンビニエンスストアで
350ml の缶ビール買って
きみと夜の散歩

時計の針は0時を指してる

(きのこ帝国「クロノスタシス」)

こんな曲を、「きみと」ではなく「ひとりで」散歩しながら聴いた夜はないか。少なくとも僕にはある。夜、徒歩、コンビニ、そして音楽。僕たちの(というか僕の)モラトリアムの夜は、大抵この4つのエレメントに因数分解される。

そんな夜を象徴する曲をつくったバンドが活動休止した。あの頃はもう終わったのだといわんばかりの寂しさがぐっと押し寄せる。活動休止の理由もベース谷口滋昭が家業を継ぐというもの。時間が経ったのだ。くだんの「クロノスタシス」が収録される『フェイクワールドワンダーランド』のリリースからは5年が経っている。リスナーの僕たちもまた同じだけの月日を重ねているということになる。僕といえばまだ19歳だったし、これを読んでいるきみも今より5歳も若かったのです。

きのこ帝国が既に過去のバンドになったとは言いません。けれど、「あの頃」の象徴の一部が欠けてしまった。彼らの活動休止はもうあの時の夜がもはや「あの時の夜」ではなく「あの頃の夜」なのだと僕に強く意識させてしまう知らせでした。

だから僕は「さよなら」と言わざるをえない。

彼女たちにというよりかは、むしろあの頃の自分に対して。

音楽という自閉空間をつくったのは、「イヤホン」だ

イヤホンという発想を世に叩きつけたSonyのWALKMAN は移動(walk)に音楽を携える発明でしたし、iPod もまた洗練された新しいライフスタイルを提案する「おしゃれ」なものでした。

かつてのiPod のCMのこの「ストリート」っぽさよ

「おしゃれ」という強烈な光の裏で、僕らのような影が伸びた。どこにでも音楽を持ち出せるということは、それはつまり公共の空間での他との繋がりを拒絶することができるということ。それはつまりどこにでも「ひとり」を持ち出せるということ。根暗の僕たちが闇に伸ばしたその根の正体は、きっとイヤホンだったに違いない。

音楽は大衆の前で披露される芸術でした。つまり、周りにいる人間と共有せざるをえないものだった。ところが、「イヤホンの音楽」によって僕たちは、個人の自閉空間という新たな姿を手に入れたのです。

何があっても音楽だけは救ってくれる。音楽と僕たちを繋ぐイヤホンは、さながら何でも赦してくれる母体と無力な胎児を繋ぐへその緒のような存在だったのかもしれません。

振り返ってみて欲しい。いまの再生環境がどうであれ、あの時は有線のイヤホンだったはずです。20代以上の全員に問う。あの日の君のBUMP OF CHICKEN は何を通して聴いていた? フジファブリックは?東京事変は、チャットモンチーは、毛皮のマリーズは、銀杏BOYZは? あの日のCymbalsは、ART- SCHOOL は?きっと「有線の」イヤホンを伝って耳に届いていたはず。

ひとりの音楽空間はまだ滅びないけれど

そんな音楽の自閉空間は、有線イヤホンの絶滅とともにいつか滅びるのかもしれない。

完全にとは言わないにしても、その数はきっと今より減るのではないかと僕は思っています。なぜならイヤホンがワイヤレスだということは、自然その端末がbluetoothないしwi-fiを備えているほど高度な機器だということ。ということはつまり、その端末はSNSなどを通じて別の社会に接続できるということです。どうしても孤独がつらいのなら、そこに逃げればことが済む。音楽による自閉空間は、有線イヤホンだからこそなのです。

音源の流通経路もサブスクなどソーシャルなものになってきています。かつてのCDだってその多くは大量に流通されたものですが、それでも「自分だけの音楽」だと錯覚することくらいはできた。もちろん今でも「これは僕だけのものだ!」という幸せな勘違いをする機会はきっとあるけれど、そうした感情は希薄になった。スタンドアロンの自閉空間は少し崩れかけている。

――というのは我田引水が過ぎるのかもしれませんが、とかく明らかに視覚的な印象が有線と無線ではまったく違います。「私はいま音楽を聴いている(=話しかけないでください!)」という視覚的な信号の強さは歴然ではありませんか。言うまでもなく、無線よりも有線の方が圧倒的です。イヤホンの持つある種の異物感が社会から姿を消そうとしているのです。

完全に閉じこもる殻が壊れかける時代に響いた『ベイビー・ドライバー』

そんな時代に、イヤホンの壁で完ッ全に自他を隔てる奴が現れる。映画『ベイビー・ドライバー』(2017)のベイビーですよ。iPod Classicから伸びる白いイヤホンで、密閉された自分の世界に浸るのがこの少年。人付き合いなど微塵もできないくせに、好きな人ができたばっかりに殻を破ってシャバに出て戦う泥臭い姿に僕はうっかり涙を流してしまったことを覚えています。

この映画では日常の小道具として平然と「有線のイヤホン」が使われています。iPod Classic という端末こそやや古いですが、有線イヤホン自体は決してLo-Fiなものとしては映っていません。孤独な心象風景としての「有線イヤホンのある生活様式」が、誇大な冷やかしにならないギリギリのところまで増幅されて描かれています。

もしかしたら10年後にはみんな忘れてしまいそうだけれど、この映画を見返したときに「そうそう、こんな風に白い線を伸ばして音楽を聴いていたな」と思い出せる映画になるはず。期せずして10年代の最後の文化がここに残されていたのです。

線のあるイヤホンは、きっと無くなる。いつかは取って代わられてしまう。

でも僕は「有線のイヤホン」というフォーマットに助けられたから今まで生きてこれたんだ。この原稿の執筆中、僕はイヤホンを断線させてしまったままでいる。次のイヤホンは有線にすべきか、無線にすべきか。ひどく迷ったが、恩返しのつもりでもう少しだけ線のあるイヤホンに頼ってみようと思う。

解説『ベイビー・ドライバー』(2017)

監督:エドガー・ライト
出演:アンセル・エルゴート, ケヴィン・スペイシー, リリー・ジェームズ, エイザ・ゴンザレス, ジョン・ハム, ジェイミー・フォックス, ジョン・バーンサル ほか

『ショーン・オブ・ザ・デッド』(2004), 『ホット・ファズ』(2007), 『The World’s End』(2013)などで音楽と映像の歯切れ良い演出センスを世に知らしめ続けるエドガー・ライト監督作品。

2003年に公開されたミントロワイヤルのblue songのPVが元ネタ。15年も温め続けた腹案がついに結実したと思うと感慨深い。

マーベル作品である『アントマン』の監督を降板したことをきっかけに本作の製作に挑んだとされているが、『ベイビー・ドライバー』はもちろんエドガー不在の『アントマン』だって十分に面白かったし結果オーライです。

解説 きのこ帝国

佐藤千亜妃(Vo/Gt)、あーちゃん(Gt)、谷口滋昭(Ba)、西村“コン”(Dr)の4人組バンド。

2007年に結成。2012年にDAIZAWA RECORDES/UK.PROJECT inc.よりアルバム『渦になる』でデビュー。さらに2015年には『桜が咲く前に』でEMI Recordsよりメジャーデビュー。EMI移籍前の2015年にリリースした2枚目のアルバムである『フェイクワールドワンダーランド』は第7回CDショップ大賞に入選。音源もさることながら、ライブにも積極的なバンドでしたが、2019年6月に活動休止を発表される。

活動休止は残念なことではあるけれど、12年も続けてくれただけでもありがたい話です。

 文・川合裕之
編集・和島咲藍

 

 

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川合 裕之 Written by:

95年生のライター/ 編集者。長髪を伸ばさしてもらってます。 フラスコ飯店では店主(編集長)をしています。