I’m back. Omatase. 

最強の夏。最強の青春。最強のコメディSF。映画『サマータイムマシン・ブルース」を知っているか?

「部室」ということばを聞くと心臓からきゅんと音が聞こえます。高校時代はソフトテニス部に所属していて、下手くそで全然楽しくなかったんだけれど、ソフトテニス部の部室のことは好きでした。歴代の先輩たちが置いていったラケット、手作り感あふれる木のベンチ、品の無い落書き。点在する物はゴミなのかゴミじゃないかすら分からず、所有者も不明で、そもそもいつからそこに存在しているのか分からない。すべてが部室の構成要素としてはかげがえのないものであるように見えて、でも何かがなくなっても決して気づかないだろうという予感もある。狭くて雑多な空間の中に、時空を超えてたくさんの人たちの残り香が残っていてまるでいつまでも終わらない物語を読んでいるような感覚があります。

たとえば映画『コクリコ坂から』に「カルチェラタン」という洋館が登場します。文化部の部室が詰め込まれた古い建物で、見ているだけでわくわくする造形をしています。かつて香港に存在していたスラム街・九龍城砦を想起させるこの建物は、部室として一個の理想形です。

しかし、僕の中ではさらに「部室」のイデアに近いものがあります。それは、映画『サマータイムマシン・ブルース』に登場するSF研究会の部室です。

『サマータイムマシン・ブルース』は、本広克行監督による映画作品。元々は、京都の劇団「ヨーロッパ企画」が芝居として上演したもので、これを映画化したものが本作となります。ヨーロッパ企画の座長・上田誠氏は劇団内外を問わず様々な場所で脚本を執筆しており、特に『四畳半神話大系』など森見登美彦作品のアニメ化が印象的な仕事です。青春的郷愁を誘う雑然さは、両作品に共通するところかもしれません。

あの夏、
僕は『サマータイムマシン・ブルース』に取り込まれた

大学2年生の頃、生協のPC講座スタッフのバイトをしていました。PCを使ったことのない学生に基本的なPCの使い方を教えよう! という内容のゆるい仕事で、「ちゃんとしたバイトはしたくないけど遊ぶ金は欲しい」という僕の欲望にマッチした最高のアルバイトでした。そこでは新入生向けにPCの販売をする仕事もあって、業務時間の7割は立ってぼーっとしているだけで楽なので、積極的にシフトを入れていました。

その売り場には、PCメーカーから来たと思しき30代前半くらいのちゃらちゃらしたお兄さんがたまにいて、新入生が来ないとやることがないので、だらだらと雑談していたことが記憶にあります。

何を話していたのかはまるで覚えていないのですが、唯一「好きな映画」の話をしたときのことは覚えています。僕はたしか、『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』を一番好きな映画として挙げたのだったと思います。

『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』はそもそも本谷有希子の書いた戯曲で、それが映画になっているんですよー。みたいな蘊蓄を話した気がします。大学での僕は演劇部だったので、「元になった芝居も見たかったんですけどねー」みたいな話もしたはず。しかしその流れで、「それなら、『サマータイムマシン・ブルース』も見たことある?」と予期せぬ角度からの質問をPCメーカーのお兄ちゃんに投げ込まれました。え、この人は演劇とか詳しいのか……? 聞けば、この作品も最初は舞台作品として上演され、その後に映画化されたとのこと。

僕は正直に「見てないですね〜」と答え、それに対して兄ちゃんは「まじで? 演劇部なら見てないとだめっしょ!」と言ってきました。なるほど、たしかにそういう出自を持つ映画であれば、演劇部としては見ていた方が良いでしょう。

しかし、なんかちゃらちゃらした兄ちゃんにそれを言われたことで、僕の文化的反抗心が頭をもたげてきました。ここで従ったら、僕は「負けた」ことにならないだろうか。そういう気持ちが邪魔をして、僕は『サマータイムマシン・ブルース』に興味を持ちつつも、それをすぐに見ることはありませんでした。

転機が訪れたのは、次の年の夏。大学1,2年で単位の8割を取り終わってしまった僕は、とっても暇な大学3年生を謳歌していました。時間を埋めるためによく映画を見ていたのですが、当時は Netflix や Amazon Prime などサブスクリプションサービスも普及しておらず、徒歩15分ほどの市街地にあるTSUTAYAまで歩いてレンタルビデオを借りに行っていました。学生でお金がないので、もちろん狙うのは旧作のDVD。「青春と夏を取り込みたい!!!」という気持ちだったので、そういうタイプの映画を探していました。そこで再会したのが、『サマータイムマシン・ブルース』。

「サマー」っていうのが夏っぽい! 「ブルース」っていうのが青春っぽい!そんな短絡的な理由で、僕はこの映画をはじめて見ることになります。ちなみに手にとった時は完全に兄ちゃんとの会話を忘れていて、家に帰ってタイトルを改めて確認したところで「そういえば……」と思い出しました。借りる前にTSUTAYAで彼のことを思い出していたら再び反抗心が盛り上がってきてこの映画を選ばなかったかもしれないので、こればかりは僕の鳥頭ぶりに感謝するほかありません。

叙述トリック的、
なのに何度見てもおもしろい

本作は「青春SFドタバタコメディ」と呼ぶべきジャンル大渋滞の傑作なのですが、そこにさらに叙述トリック的な側面を併せ持っています。

『サマータイムマシン・ブルース』は、舞台となる大学SF研の部室に突如としてタイムマシンが現れるところから物語が大きく動き始めます。ご存じのとおり、タイムマシンは未来にも過去にも行ける夢の機械。でも未来を知るのも怖いし、遠い過去に行って戻れなくなるのも怖い。というわけで、SF研の部員たちは日和って「昨日」に遡ることに……。そこで、1日前の過去からエアコンのリモコンを持ち帰ることを画策します。このリモコンは、不慮の事故で1日前に壊れてしまったのでした。

「これでエアコンが再び使える!」と思った矢先、過去を変えるとこの世界がすべて消えてしまう可能性があると判明。何も知らずに過去を変える他の部員たちを止めるべく、瑛太演じる甲元が昨日と今日を行き来します。果たして、過去の改変を防ぐことはできるのでしょうか……?

映画は時間芸術なので、作品は当然、始まりから終わりに向かって一直線に流れていきます。ところが、作中の人物たちは時間軸上を行ったり来たりしているため、作品の最初で起こった出来事は、実は未来の登場人物たちが引き起こしている……といったことも起こります。おそらく、1度目を見ただけでは頭が混乱してしまう部分もあるでしょう。しかし2回目を見ると「なるほど! ここが繋がっているのか!!」というアハ体験を得ることができて、とっても気持ち良いんですね。

初見だとたぶん気づけないと思うのですが、この映画は開始3分で伏線的なものが4箇所も登場します。ちなみに僕は、ぜんぶ気づくのに5回くらい鑑賞しました。僕みたいに愚鈍でなければ、2回目で気づくかもしれません。

そう、僕はこの映画を何度も繰り返し見ています。あまりに面白くて、夏になるたびに見たくなってしまうんですね。

何度も見て面白い要素としてはもうひとつ、SF研の部室が挙げられます。冒頭でも書きましたが、この部室空間が本当に素晴らしい。部室のイデアとしか言いようがない。雑多で物に溢れていて、歴代のSF部員たちの息吹が感じられる……。細部に目をこらせば、初見では気にも止めなかった小道具がいっぱいあることに気づきます。僕がこの前見たとき(たぶん8回目くらい)には、漫画『サトラレ』の2巻だけがテーブルの上に放置されているのを発見しました。なんで2巻だけそこに?

『サマータイムマシン・ブルース』は叙述トリック的な側面を持っているので、最後にはある種のカタルシスが待っています。さて、それを知ってしまえば、2回目を見るのはつまらなくなってしまうのか? 僕は、そんなことは全くないと考えています。

もちろん、叙述トリックの答え合わせ的な面白さは要素として重要なのですが、そんなことよりストーリーが抜群に面白い。結末を知っていたとしても、「頑張れーーーー!」と応援してしまうのです。皆さんは、戦隊モノを見るときに「どうせ最後は勝つから……」とドキドキせずに見ていましたか? 手に汗握りながら、僕らのヒーローを応援していたはずですよね? それと同じようなテンションで、過去の改変を防いで世界が消えないことを何度も祈ることができます。約束します。

そこまで言うなら『サマータイム・マシン・ブルース』をAmazon Prime で見る

夏にエアコンを
ガンガンに効かせて見たい映画No.1

ところで皆さん、夏はお好きですか?

僕は、一番好きな季節を聞かれたら夏だと答えます。しかし、別に暑いのが好きなわけではないのです。生まれてこの方痩せていたことが一度もないため、大量の発汗を招く暑さはむしろ敵です。それでも、夏のことが好きです。

夏には、青春の匂いが閉じ込められています。青い空、海水浴、花火……。この文章を読み終わったら、すぐに「夏 青春」でGoogle画像検索をしてください。きっと最高の気分になれます。

もう少し正確に表現すると、僕は「暑い」のは嫌いですが、「暑そう」なのは好きです。たとえば『サマータイムマシン・ブルース』冒頭の描写。燦々と照りつける太陽の下、SF研の部員たちは野球の真似事をしています。暇を持て余して、炎天下の中3対3の野球に興じる。ほとばしる汗、画面のこうから伝わってくる熱気。これが青春以外のなんだというのでしょう。これが夏の賜物です。

エアコンのリモコンが壊れた後も、暑い部室の中で男たちが雁首そろえてオセロで遊んでいます。きっと自宅にもクーラーがないんでしょうね。見ているだけでむさ苦しい気持ちになる。このむさ苦しさが、青春というやつなんですよ。

実生活であれば、「暑そう」には大抵「暑い」が伴います。外へ出れば暑そうな雰囲気を感じ取ることができるけれど、それはもはや暑そうなのではなく、暑いだけです。僕は、冷房をガンガンに効かせながら、窓の外に広がる青空を眺めているのが大好きです。「あー、今日も暑いなあ」とつぶやくけれど、僕の体は全然暑くない。外が暑そうなこと、ただそれだけで青春を感じられるのです。

だから、「サマータイムマシン・ブルー』における「暑そう」な描写にもめちゃめちゃ興奮してしまいます。ああ青春の香り! そういった青春の香りを、こちらは冷房ガンガンに効かせて享受できるというのが、なんとも素晴らしい体験なわけです。

これは、映画を見る側にだけ与えられた特権です。役者が暑いところで頑張ってくれているおかげで、作品に暑さの概念が蓄積されていく。僕は心の中で「ご苦労さまです」なんて呟きながら、その暑さの概念を消費する。窓の外に目を向ければ青空が広がっていて、換気のために少しだけ窓を空ければ、けたたましい蝉の鳴き声がする。何かが起こりそうな予感。もちろん、僕は家に引きこもっているので何も起こらないわけですが、大スペクタクルは『サマータイムマシン・ブルース』が勝手にやってくれます。

僕も学生演劇をやっていたので、何度か役者という責務を引き受けたことがあるのですが、控えめに言って最悪の役回りです。膨大なセリフを覚えなくちゃいけないし、演出する人の意図に沿わなかったら怒られるんですよ。しかも、拘束時間はめちゃくちゃ長い。僕は舞台役者だったので冷房がキンキンに効いた部屋で演技をしていましたが、炎天下で撮影しなくてはならなかった『サマータイムマシン・ブルース』は本当に地獄だと思います。演劇も映画も、やるんじゃなくて見る方が圧倒的にコスパが良いです。

作品を見ているうち「こんな青春を経験してみたいな……」などと思ってしまうかもしれません。「役者はフィクションの夏を何度も体験できていいな。僕もやってみようかな」「役者にならなくても、今この部屋から飛び出せば、素敵な夏の時間が始まるんじゃないか?」なんて妄想がむくむくと湧き上がってくるでしょう。そんなことはない。据え膳のフィクションをただ食らうだけ、というのが一番贅沢なので。そこは大人しく冷房を18度にセットして、手元に麦茶とアイスクリームを置いて、座しながら極上青春エモーショナルをたらふく摂取しましょう。

『サマータイムマシン・ブルース』で、最強の夏と最強の青春を手に入れてください。

 文・あとーす
編集・川合裕之

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解説『サマータイムマシン・ブルース』(2005)

監督:
本広克行

脚本:
上田誠

出演:
瑛太、ムロツヨシ、上野樹里、真木よう子

京都の人気劇団「ヨーロッパ企画」の芝居『サマータイムマシン・ブルース」を映画化。本作の脚本も務めるヨーロッパ企画の座長・上田誠は、森見登美彦原作のアニメ『四畳半神話大系』や『夜は短し歩けよ乙女』の脚本も務める。大学のSF研で起こったトラブルをめぐるタイムトラベルもので、世界の消滅を防ごうと「エアコンのリモコン」を巡って昨日と今日を行き来する、スケールが大きいのだか小さいのだか分からないコメディSF。

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