Te wo Arai mashou.

投稿者:

IMDbより

一度だけ、「愛してる」と言った。冗談で。途端に身体と顔は燃え上がり、心臓は壊れたように騒ぎ出した。それ以来、言えない。「愛」という言葉は理の外にあるみたいだ。誰に言ったのかも覚えていない。この人に言ったかなと思う人に電話して聞いてみたが違った。「あなたに愛してると言いましたか? 」と尋ねるのは恥ずかしくて、「あー」とか「うー」とか言って分かってもらった。なんという不誠実さ! ともあれ、それくらい適当に言った。

とにかく、僕は逃げた。

「誕生日おめでとう。何歳になったの?」
「わ〜ありがとうございます。29歳になりました……」
「えっ、もうそんな歳になるっけ?(笑) やばいね(笑)」

年明けめでたい空気が残る中で、不意に目の前で起こった会話だった。

23歳を過ぎた頃から、周りは優しく危機感を摺り込んできて、そして当事者の私たちはしきりに確かめ合うようになる。「そろそろやばいかな?」なんて。

変わらないままいるなど、許されないみたいだ。

毎度おおきに、いつもご愛読いただきありがとうございます。

フラスコ飯店 編集長の川合です。

本日はご贔屓の皆様に大切なお知らせです。こうやって書くと後ろ向きに見えますが、とても楽しいニュースです! なんだか釣りっぽくてすみません。

前向きなお知らせを3つお届けします!

(C)山内マリコ/集英社・「あのこは貴族」製作委員会

「あのこ」が誰なのか、映画がはじまるや否やわたしたちはすぐに察する。元旦の東京をタクシーで移動する彼女の身なり、運転手のどうでもいい話に返事をせず、かといって流れる夜景にも関心を示さない物憂げな表情。そして立派なホテルで豪華な食事を楽しむ彼女の家族を見て「このこが貴族」だと確信する。じゃあわたし(たち)はなんだろう。

映画『あのこは貴族』はあらゆる「対比」が散りばめられた作品であり、その対比はタイトルから既にはじまっている。家族との優雅な会食とそこでの話題、「おばあちゃま」呼びなどなど、わたしたち観客は華子との生まれ育ちの比較をせずにはいられない。

→読む前に『あのこは貴族』をもう一度観る

はじめに、『ミッドサマー』はホラー映画だ。

しかし、アクション的に、幽霊が出てきてワッと驚かせたりなど分かりやすいホラーシーンはない。

ただただ、見ていて奇妙な雰囲気や気味の悪さを感じる。老人が村の風習によって崖から飛び降りたり、奇怪な死のシーンなど異様にアップされるゴア描写が頭の中にこびりつく。

IMDbより

初めてこの映画を見たのがいつだったか、どうしても思い出せない。わたしが写真を撮りだした時か、もしかしたら写真の道を目指そうなんて思ってもなかった時かもしれない。どっちにせよわたしは「撮る」側の気持ちになってこの映画を眺めていた。全ては共感できないけど、理解はできるなあとか考えていた。それはわたしに写真を撮る覚悟ができていなかったことを意味する。

わたしは大学生の時にヌードに惹かれ、写真に惹かれ、今は写真家として生きている。人を撮っている。

Twitter あります