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お、配信されてるじゃん。ちょっと見てみよう。えっと……そうだな……いつか時間のあるときに。そんな風に言い訳して一応マイリストに入れたけれどそれっきりという人は僕だけではないはず。
Netflixで『レヴェナント:蘇りし者』が配信されています。2時間36分の大作。それも暗くどんよりとした言ってしまえば辛気臭い映画です。気軽にサクッと楽しめるドラマだって沢山そろったNetflixでは、ついつい後回しにしてしまうかも。
たしかに気持ちはわかる。『全裸監督』もあるし、見たいアニメも山ほどある。もそれじゃあせめて、このレビューだけでも覗いていってくださいな。
mokuji
「熊をパンチで撃退じいちゃん」はホント凄いね
まずは簡単にあらすじをご紹介します。舞台は1823年のアメリカの極寒地帯。南北戦争より40年も前の未開拓の西部です。
動物を狩って毛皮をとることを生業としているハンターたちが先住民たちに襲撃される場面から物語が始まります。ネイティブアメリカンとの激しい戦闘のすえにわずか一握りの者たちが逃亡に成功。彼らはベースキャンプを目指し、厳しい自然の中を潜行します。
これだけでも想像するに十分過酷なのですが、こんな悲劇は前菜程度。今度は熊に襲われます。レオナルド・ディカプリオ演じるヒュー・グラスが巨大なグリズリーに襲われるのです。
襲われる時間はおよそ5分。うっかり1発殴られた、とかではなく徹底的にやり合います。ちなみに、ボクシングの1ラウンドが3分です。そう考えると、たまにニュースになる「熊をパンチで撃退じいちゃん」とかは本当にスゴい。
人間vs. グリズリー。世紀のタイトルマッチの結果は言わずもがな。負けます。それはもう、おうちでNetflixというようなリラックスした上映環境ならば声がでるほどボコボコにやられます。ディカプリオはナイフでクマを絶命に追いやりますが、彼自身もボロボロです。身体も動かず、声もろくに出すことができません。こんなん負けです、負け。
瀕死の重傷を追ってしまったディカプリオを担架に乗せて山越えする一行ですが、「いいやコイツを置いていこう」と企んだのがトム・ハーディ演じる悪漢フィッツジェラルド。父をかばおうとするディカプリオの息子を殺し、邪魔者を一切排除して彼を山に置き去りにするのです。
さて、いよいよここからがメインディッシュ。文字通り絶体絶命で横たわるディカプリオは「息子を殺された」という怒りを糧に匍匐前進で極寒の荒野を進むことを決意します。
生肉を喰らわば馬の中に入ってまで
良く言えば逞しく、飾らず言えば汚らしい。
グリズリーに襲われてから映画中盤までディカプリオはずっと白濁した泡を吹いているし、血だらけの汚い身体で地を這い、生肉にかぶりつきます。馬を開いて中に入って暖をとります。知らない人にとっては奇妙奇怪なセンテンスかもしれませんが、臆せず繰り返しましょう。馬を開いて中に入って暖をとるのです。
野草はあたりまえのように齧るし、素手で獲った魚にもそのままかぶりつきます。捕獲即生食。いやあワイルド。平気で刺身を食べる僕たちが見ても結構ショッキングな映像です。
文句なしの評価
本作におけるこのようなディカプリオの身体を張った姿に、悲願であったアカデミー賞主演男優賞を受賞がおくられます。「お情けだ」という批判もありましたが、仮にそうだとしても問題ありません。これだけ頑張ったんだから情くらい移るでしょう。
しばしば厳然とした自然が映し出され、しかし皮肉にも美しい。この映画における自然の認識は「畏怖(awe)」という言葉がもっとも相応しいでしょう。実際の撮影もまた過酷なロケであり、あのグリズリー以外は大抵が「リアル」でできています。嘘のない自然を徹底しているのです。
美しさのその先に何があるのか
自然への畏怖と、過酷なサバイバル。震えるほどの映像美と、ディカプリオの怪演。そういった側面も当然いなめません。実際に日本国内のキャッチコピーも「実話を基に描く、サバイバル・アドベンチャー巨編」とされています。しかし、レヴェナントの魅力がもしそれだけだとすれば、残念ながらスクリーン以外での鑑賞では味が落ちてしまうでしょう。まあたしかに劇場であの映画を見る体験の荘厳さと、日常の中で液晶を通して観るレヴェナントの雑然さとでは一線を画すものがあることを僕は否めません。
新たなキーワードは「親子」
でも、そうじゃない。それだけではないのです。『バベル』(2006)や『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』(2014)といった手数の多い傑作を生み出したイニャリトゥ監督の作品としては珍しく、レヴェナントはギミックの少ない無骨なつくりの映画になっています。にもかかわらず分厚さは依然として変わらず。シンプルさの余白に難解なメッセージが埋め込まれています。
この記事で注目したいのは「親子」というキーワードです。
親子のつながりは、誰が作るのか
つらつらとレヴェナントの内容を説いてきましたが、手短に伝えるならば息子を殺されたディカプリオが、トム・ハーディへ復讐のために瀕死の身体をひきずってサバイバルする話、とも要約できます。親が子を想う話なのです。
このように書くと、「家族愛」といった、いささか商業的な言葉に矮小化されてしまいそうですが、イニャリトゥはその一歩先にいるやもしれません。
「家族愛」または「親子愛」という表現はなんだか手垢にまみれて人工的に感じます。しかし、「親は子を助けるべきだ」、「親は子へ無条件に愛を注ぐ」これは必ずしも社会的に上書きされた感情だとは限らないのではないでしょうか。これが生来的な、あるいは天に与えられた本能ではないと完全には言い切れないのです。
冒頭の惨劇を思い出してみます。ディカプリオを襲ったグリズリーですが、襲われた理由は「子ども」だったのです。というのも小熊を狩ろうとしたディカプリオが、我が子を守ろうとした(ように見える)親熊に襲われた、というのが事の顛末です。グリズリーは命を賭けて自分の子どもを守ったのです。
そしてディカプリオは、死闘の戦利品であるグリズリーの毛皮をまとった姿に生まれ変わり、野性味あふれるサバイバルに耐えながら息子の敵討ちに執心するのです。
さらその脇では、先住民の長がフランス人に囚われてしまった娘のポアカの捜索に腐心しています。まったく文化の異なる先住民らもまた、同様の価値観を持っていることがわかります。
それは、生来的な感覚か?
と、このように情報を整理すると不思議な気持ちになります。親と子の関係。これはもしかしたら社会的なものではなく生来的なものなのかもしれない。
残念ながら僕からみなさんへ確たる結論をお届けすることはできませんが、きっと大きな問題提起になるでしょう。常から親と子をテーマに数多くの作品を積み重ね、自身も息子を亡くし創作に潜りこんだイニャリトゥだからこそ作れた映画です。
他にも沈潜したメッセージは多く、ならず者たちが一発逆転(=rebirth,)を夢見る新大陸としてのアメリカという世界史的視点、あるいは死の淵から何度も復活(=the Resurrection)するという宗教的視点で『The Revenant』という作品と向き合ってみても面白いでしょう。そんなテーマについて考える余白を残した、大作映画です。
台詞も少なく、ノンバーバルで静謐。無論笑いもなく、少しばかり辛気臭い2時間36分でございます。とはいえ絶対損させません。ポップコーン片手に気軽に観れるものではないかもしれませんが、もし未見の人がいれば是非トライしてみてください。
ささ、スケジュールに「レヴェナント」と気合いを入れて書き込んでくださいよ。
文・川合裕之
編集・和島咲藍
解説『レヴェナント:蘇えりし者』(2015)
『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡) 』(2014)など、数多の大作を生み出し続けてきたメキシコの鬼才・アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥの手掛けた長編映画。アカデミー賞では監督賞、主演男優賞、撮影賞を受賞。特にディカプリオの受賞でも話題になりました。というのも、幾度となく主演男優賞にノミネートされながらも結局受賞歴は一切なし、という謂わば笑い飯のような無冠の実力者であったディカプリオが悲願を達成したのです。他にも監督賞、撮影賞、男優賞で各国の様々な映画祭で評価されている作品です。
カンヌの審査委員をしたり、映画界ではもうすっかり大御所となったイニャリトゥですが、新作の噂は無し。この間はVRでインスタレーション作品を公開していました。それもいいけど、そろそろ長編映画を撮ってくれないかなあと勝手に期待しています。
監督
アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ
出演
レオナルド・ディカプリオ, トム・ハーディ, ドーナル・グリーソン, ウィル・ポールター, フォレスト・グッドラック, ポール・アンダーソン, クリストッフェル・ヨーネル ほか
音楽
坂本龍一、アルヴァ・ノト
【参考】
Sarah Rense “Would You Climb into a Horse Carcass to Survive If an Oscar Wasn’t on the Line?” Esqire 2016.2.26
https://www.esquire.com/entertainment/movies/news/a42489/man-survived-in-horse-carcass/
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