I’m back. Omatase. 

『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』|妄想・オリキャラ・夢小説

選ばなかった方角を/懐かしみ続けている/夜が多重露光のように/交わ

cero”double exposure”

可能性はいつだって無限にひらかれていたのに、ぼくたちはいつになっても、あの時ああしていればなどとくよくよ考えている。もしもあのとき、違う学校に入っていたら? あのとき、思いを人に伝えていたら? あのとき、右の角を曲がっていたら? 

出会わなかった誰かのこと、なにかのことをたぐり寄せようとする。あるいは、そう在ったかもしれない自分のことも。染み付いた自堕落と手癖でコンビニのカップラーメンを手に取る時、その食物が自分の血肉になることを考える。もしもいまからぼくが摂取し、ゆくゆくはぼくそのものになる物質が、今後の人生を変えたらどうしよう? この不健康の塊みたいなカップラーメンを食べた瞬間に肝臓が悪くなって倒れて働けなくなってお金がなくなって好きな人に離れられて家が焼けて親類も全員死んでしまいには闇金に引っかかったらどうしよう!?

「かもしれない」世界のこと

とっくの昔にバタフライ・エフェクトと妄想がないまぜになっている。もしもあの時ああだったら、が広がって、古代メソポタミア人も驚愕の叙事詩を紡いでしまっているのである。

では、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』は? 映画を愛し、映画に愛されたタランティーノは病的で祝祭的なバタフライエフェクトと妄想に駆り立てられて、ぼくとはまるで正反対の、こんな陽気な妄想に陥ったのかもしれない

「もしもあのとき、静謐かつ熱狂的なLSDセッションを終えたカルト集団のヒッピーたちが侵入したのが、シャロン・テートの家ではなく、ぼくが生み出した架空の、かつてはスターだったけれど時代の流れに取り残されてすっかり落ちぶれたハリウッド俳優と美しい肉体を持ったスタントマンと……ぼくのオリキャラの家だったとしたら?」

これ、夢小説やん

逆説的だが、妄想に没入するために唯一必要なものがある。リアリティだ。リアリティがなければ妄想は瓦解していく。読者の男子諸君、教室を占拠したテロリストを撃退する妄想をしたことは? あなたに備わっていようはずもない運動神経でテロリストたちを次々と昏倒させ、教室のみんなを救い出す時、あなたの空想の中で想い人はどんな顔をしていた?想い人からの賛辞、有象無象からの拍手喝采、憎いサッカー部のスクールカースト上位っぽいクラスメイトがテロリストに惨殺される様子……上質の妄想をキメて気持ちよくなるためには、より具体的なディティールが必要なのだ。

映画という非現実を現実によって補強し、自分の妄想に深く潜り込むために、タランティーノは記憶を用いる。カーラジオから流れる曲をバックミュージックに、ブラッド・ピット演じるクリフが運転する「キャデラック・ドゥビル」の後部座席から二人のバックショットで物語は始まった。

「俺は映画をリアルに映したい。ごまかしたくないんだよ。それが映画に対する誠意だと思うから。今回の映画で創り出したのは、俺が6歳くらいの頃に義父の運転する車窓から見た風景。俺自身の記憶に刻み込まれたハリウッドなんだ!」

BRUTUS No.900(『真似のできない仕事論』より)

非現実であるはずの映画を、「リアルに映す」。カーラジオから流れる選曲、落ちぶれた俳優とまるで仕事がないスタントマンが運転する車の窓に流れる風景、リック・ダルトンがせわしなく吐く紫煙。記憶に刻み込まれたタランティーノのごく私的なハリウッド像は、非現実であるが想像の及ぶ、「こうあってほしかったなにか」……強固な妄想から生まれ出ている。ビルボード、電柱、電線、作り上げたにも関わらず作中には一度も出てこなかったレコード屋……偏執的ともいえるタランティーノのセットへのこだわりが、「あの頃のハリウッド」の空気を観客にありありと伝えたのである。

この映画は言うまでもなく偽史だ。まるでにせものだ。だからこそーー妄想がリアリティを必要とするようにーータランティーノは本物の映画をサンプリングする。たとえば作中、リック・ダルトンがスティーブ・マックィーンの代わりに『大脱走』を演じていたかもしれないことに言及し、実際に作中に入り込むシーンがある。このシーンを見てぼくは思った。

あ、これ、夢小説では?

ぼくは一時期テニスの王子様の夢小説を読むことにハマっており、青学と氷帝と比嘉中と不動峰テニス部の女子マネージャーを掛け持ちしていた時期があったのだが、リックが『大脱走』に入り込むシーンを見て強い既視感を覚えた。

「もしもこの映画に自分の考えたオリキャラが出演していたら」。『大脱走』のスティーブン・マックィーンをリック・ダルトンに置換するこの行為は、奇妙な入れ子構造を孕んでいる。そもそもこの映画が「燦然と輝く60年代ハリウッド史に、ぼくの考えたオリキャラが存在していたら」という妄想から生まれていることにお気づきか? 

作品の中に、歴史の中に、オリキャラを埋め込み、物語を進行させる。これは完全に夢小説では?

そしてその予感は的中する。作中、クリフがブルース・リーを打ち負かすことが少々の議論を呼んだようだが、「ただのスタントマンがブルース・リーに勝てるの?」という疑問にタランティーノはこう答えている。

Cliff is a Green Beret. He has killed many men in WWII in hand-to-hand combat. 

(意訳:は? 勝てっし。クリフはグリーンベレー所属だったから。第二次世界大戦で、素手で人殺しまくってっから

VARIETY Quentin Tarantino Defends ‘Arrogant’ Portrayal of Bruce Lee in ‘Once Upon a Time in Hollywood’

はい出ました「ぼくのかんがえたさいきょうのオリキャラ」〜〜〜〜! こういうの大好き〜〜〜〜! ちなみに、グリーンベレーの創設は第二次世界大戦後(詳しいことは分からないのですが、グリーンベレーの創設は1952年とのこと。「クリフ」という想像上の存在をより強いものにするために、現実まで歪められている。

タランティーノが作り出した「ぼくのかんがえたさいきょうのオリキャラ」が現実に挟み込まれ、ハリウッド史上最悪の悲劇を歪め、ハッピーエンドに変えてしまう……つまるところ、この映画は夢小説ならぬ夢映画みたいなものなのだ。熱狂的なオタクが緻密な時代考証と途方も無い愛(と金)を注いだ、一大オタクコンテンツである。

(ちなみに、ぼくはLSDでラリったクリフが何かの弾みでシャロン・テートを殺しに行くんじゃないかと思って怖かったのだけれど、そのストーリーだとさすがに笑えなかったかもしれないです)

面白い暴力?

ところで、タランティーノの映画で忘れてはいけないものといったらもちろん暴力だ。「中盤までどす黒い血が全然吹き出してこなくって驚きました」という方も多いのでは?

ぼくはクリフがヒッピーの男を殴り続ける光景をいやらしいスローモーションで執拗に反復するシーンで色々なことをいっぺんに思い出した。『ヘイトフル・エイト』でなにも悪いことをしていない、むしろ作中屈指の善人だったO.Bが毒入りのコーヒーを飲んで大量の血を吐いていたこと(かわいそう)、『キル・ビル』でオーレン石井の頭皮が雪の上に落ちていったこと(なんか面白かった)、『レザボア・ドッグス』の耳切りダンス(めっちゃ面白かった)……

そしてトドメのラストシーン。発狂したヒッピーの女性が暴れまわるシーンで『悪魔のいけにえ』のラストを思い出したり、あるいは神経がまだ通っている活け造りの魚を思い出したりした。あんなふうにコメディとバイオレンスをひっくるめて「食え」と差し出してくるタランティーノにすっかりメロメロになってしまったのである。

リックの火炎放射器に焼かれた死体がしばしスクリーンに映し出されたと思ったら、何事もなかったかのように隣宅のシャロン・テートの家にお招きされてハッピーエンド。「暴力は見ていて一番楽しい」/「映画での暴力描写は現実と関わりを持たない」と考えているはずのタランティーノだからこそ、ある種の距離感を持って「笑える暴力」を提示することができるのだと思う。それにしても、本当に、恐ろしいくらい映画愛に満ちあふれている、幸福な映画だった。みなさんもそう思いますよね? ね?

 文・渡良瀬ニュータウン
編集・川合裕之

解説『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』(2019)

監督:
クエンティン・タランティーノ

出演:
レオナルド・ディカプリオ, ブラッド・ピット, マーゴット・ロビー, エミール・ハーシュ, マーガレット・クアリー, ティモシー・オリファント, オースティン・バトラー, ダコタ・ファニング, ブルース・ダーン, アル・パチーノ ほか

2019年公開。タランティーノ監督の9作目にあたる作品。常々「10作撮ったら引退する」と公言しているタランティーノ。あと1作なんて寂しいです……

マンソンファミリーというヒッピー・カルト集団が当時妊娠中だったハリウッド女優、シャロン・テートとその友人を惨殺したという1969年に実際にあった事件を背景に制作された作品。……といまあらすじをざっと書いたけれど、日本の配給では「ラストに一体どんな事件が!?」的なプロモーションを打ち出しています。

CMに対してシャロン・テートが殺されるんでしょう、と突っ込みたくなるのをグッと抑えましょう。でもきっと事件について詳しく知っていた方が面白いはず。未見の友人知人が居たら「シャロン・テートが殺されるんだよ」と史実をネタバレしてあげてください。

シャロン・テート殺害事件についてさらに詳しく知りたい方は、ヒッピーの少女側から事件を描いた早川書房のザ・ガールズ (早川書房) (著:エマ・クライン)がおすすめです。

そういえば、マーゴット・ロビーは『スーサイド・スクワッド』のハーレクインも魅力的でしたね。ビジュアルだけ。映画の出来は同人誌レベルでしたが。ラストシーンでヴィランがバーで「世界を救おう」って語り合うシーン、あれはなに? 適当に書いたpixivの二次創作じゃあないんだから!

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