Te wo Arai mashou.

もし、戦争が日常になったら | 映画『娘は戦場で生まれた』

(C)Channel 4 Television Corporation MMXIX

この映画を観るまで、私はシリアの現状を知らなかった。

シリア関係のニュースが報道されることは日に日に少なくなっている。シリアの大都市アレッポは、2012年から2016年のわずか4年で爆撃により破壊された。

戦場で生活し、時には内戦の犠牲になる子どもや女性の姿。それをアレッポに住むジャーナリストの女性でこの映画の監督の1人でもある、ワアドが撮影する。

2016年、彼女の娘サマが産声をあげた。同じ年、とうとうアレッポは陥落する。

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アサド一族がシリア政権をにぎってから40年。2011年のアラブの春はシリア国民にとっても契機だった。彼らは独裁政治に異議を唱え始め民主化運動を始め、内戦の火ぶたが切られた。

シリア第二の都市アレッポ。『娘は戦場に生まれた』の監督のひとりで、「主人公」でもあるワアドは、アレッポ大学の学生だった2012年から、アレッポが陥落する2016年にかけてアレッポを撮影し続けた。

美しかった建築物が破壊され、爆撃によって住民が犠牲となる一方で、シリア国民の日常は営まれ続けている。明るい表情の彼らと、犠牲者の遺体がかわるがわる現実として突き付けられる。

私たち戦争を知らない世代の日本人は、生活の中に戦争があるとはどういうことなのかを彼らの姿を通して知る。

内戦が激化する中、ワアドは医師ハムザと結婚した。結婚式は小規模ながらにぎやかに開催され、やがてワアドは妊娠した。妊娠中のワアドは、喜びにあふれた自分の姿を映像におさめた。

2016年に生まれたワアドとハムザの子ども。名前はサマ。

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この赤ん坊は、爆撃音がすぐ近くで鳴り響き、周囲の大人たちがおびえていても泣かない。日本の子どもたちが平和を当たり前のものとして享受しているのと同じで、サマは戦場にいることを無意識のうちに受け入れていた。

この映画には、サマ以外にも、たくさんの戦場で育つ子どもたちと、その母親の姿が描かれる。すぐ近くで建物や人の命が破壊されていることを知りながら、ベランダにたたずみ「故郷を出たくない」と話す少年、爆撃で弟が犠牲になり呆然としているふたりの幼い兄たち、未来に希望を託し住み慣れたアレッポから逃れようした途中、命を落とした10代の少女。

息子の遺体を運ぶ母親の姿もワアドは映像に残す。明日は我が身かも知れないと、子どもを亡くした親に自分を重ねる。

子どもを失い半狂乱の母親は「撮ってるの?」と問う。私は彼女が撮影されることに対して怒りだすのではないかと思って観ていた。しかし直後、母親はワアドに対し泣き叫ぶように、こう訴えた。

「全部、撮ってちょうだい!」

内戦によって、日常が急に壊されることがどのようなことなのか、日本人は実体験として知らない。知らないから何もできない。

ジャーナリストは世界に伝える義務がある。

シリア内戦が激化していた頃、平和な国のカメラマンが戦地に行くことに対し、日本国内では批判が相次いでいた。ただ、私たちはカメラマンが危険を冒し撮ってきたものを見て、ようやく地球上で本当に戦争が起こっているのだということを実感できる。

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私たちの祖先が少しでも選択を間違えれば、現代の日本でも日常的に爆撃音が鳴り響いていたかも知れない。

死や、想像を絶する苦痛がすぐ隣にあるという恐怖。

『娘は戦場で生まれた』によって、戦地となっている国の人たちの心情を、私たちは追体験する。

病院まで標的になり、食糧難に見舞われても、ワアドはアレッポに残ろうとした。二度目の妊娠を知った彼女の表情は、サマを身ごもった頃と異なり、暗い。安全に産める可能性はほぼないと感じているのだ。

日本の戦場カメラマンと同じような気持ちだったのかも知れない。医師不足が加速化する中、ワアドの夫ハムザも戦場に残り続けた。娘と共に。しかしサマが生まれたのと同じ年、アレッポはとうとう陥落する。アレッポ陥落の翌年から、日本国内ではシリア内戦に関するニュースが激減した。報道されない現実がある。知らされない悲劇がある。目に映る凄惨な事態、失われていく人々の笑顔、爆撃音が日常化する子どもたち。

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日本がもしそうなったら。

私は毎日、昼も夜も死の恐怖と戦わなければならなくなるだろう。家族が外出するたびに、帰ってこないのではないかと心配するだろう。仕事や食べ物、日常生活で必要な消耗品、住まいすら失うかも知れない。

アレッポで起きた悲劇は他人事だと言い切れないはずだ。世界に住む、どの人にとっても。

映画『娘は戦場で生まれた』(2019)

監督:
ワアド・アルカティーブ、エドワード・ワッツ

出演:
ワアド・アルカティーブ、サマ・アルカティーブ、ハムザ・アルカティーブ

※第92回アカデミー長編ドキュメンタリー賞ノミネート作品

 文・若林理央
編集・川合裕之(フラスコ飯店 店主)

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