I’m back. Omatase. 

アウトサイドに生きる天才策士 バンクシー

便器と顔を向き合わせ、胃の下あたりに力を入れる。

わざとえずく様に声と息を吐いて体内のアルコールを口から出し仕切るまで何度もそれを繰り返す。

普段は極力、触りたくない便座を両手で掴み胃の中の必要な水分までも全て吐き出す。

酒を飲みすぎて冷静な判断が取れなくなった時の最終手段だ。

喉は胃液で荒れてしまって、一気に空腹になり、心も空っぽになった気分。

意識がいつもよりすっきりしているような、しないような。

洗面所にて涙目の顔を水で洗い流すと鏡に映る少し顔を赤くした男を見ているとなんだか生まれ変わったような錯覚に陥る。

まるで昨日までのストレスやネガティブな思考が胃液と共に水洗トイレを経て下水に流れていったようなイメージ。

頭の中がやっぱり、すっきりしているような。

時々、そんな経験をしてしまうくらいアルコールを飲んでしまう夜がある。

初めて生まれ変わったのは、ぬるくて張り合いのない2年制の音楽専門学校を卒業して何年か経った後。

学生バンドマンではなくフリーターバンドマン、つまり泥くさくも夢を追う、駆け出しのころ、頭にドが着くほどのインディーズのころだった。

あの頃に体験したことや見た作品、聴いた作品、読んだ作品たちは間違いなく今のぼくを構成する核となっている。

『イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ』(2010)はあの頃のぼくに稲妻が落ちるといった類の衝撃ではなく、細い針でチクチクと少しずつ、徐々に浸透する毒のように染み込んでいった。

製作者のバンクシーの活動は2010年から2020年の間にも急速に変化しながら今も常に世間を驚かせ続けている。

そもそもバンクシーとは誰なのか? 彼のことは知ってるけれどどんな活動をしてきたのか?そういった内容をお求めの方はこちらへどうぞ。

>バンクシーが現代に与えた影響| 映画『バンクシー・ダズ・ニューヨーク』<

80年代のポップカルチャーから影響を受けたであろうバンクシーが現代のSNSやエンタメ業界に与えた影響について考察しております。

IMDbより

「バズる」なんて言葉が世に浸透する遥か10年以上も前からバズらせる天才であった策士。

彼から受けた衝撃は、どれだけ生まれ変わるための嘔吐を経験しても未だにぼくの体の中に残り続ける毒のように付きまとっている。

「お前、伝説になれるなら死ねる?」

2010年。『イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ』が英米で公開されていた頃。
ぼくは音楽専門学校に2年間通っていた。
本気でミュージシャンになろうと思っている生徒は1割にも満たないといった環境には驚いた。
それが在学中に一番感じていたストレスだった。

それはまだしも、本気でプロのミュージシャンを育てようとしている講師なんて一人もいなかった。
あの頃は本当にそう感じていた。

今ならもう少し柔軟な考え方ができるかもしれないけど、19、20歳のミュージシャンを志す者の思考回路というのは世界には白か黒しか存在しないといったような、振り切った考え方しか持てなかったし、割とパンク寄りの精神を持ったロックバンドを志していたのもあったのか。いわゆる「尖ってる時期」だったのだ。

大学受験も経験せず、大した目標もない若者が高卒というレッテルを逃れるために入学し、モラトリアム期間を音楽とNintendo DSに没頭するための施設。それがぼくが経験した音楽専門学校だった。

音楽のテクニックを教わることはできても、芸術的な観点で議論できる生徒も先生もごく一部で、あとはみんなmixiの更新とPSPのモンスターハンターで最強の武器を手に入れることに大忙しなのだ。

あの場所に意義を見出せなかったぼくは逃げるようにライブハウスに駆け込んだ。

とにかくステージに立って表現しなければ、このままぬるま湯につけ続ければこの崇高な志はNintendo DS軍団のように豆腐くらい脆くあっさりしたものに変わってしまうんじゃないかと焦っていた。

もっとクセのあるアウトサイドな人間にならなければロックバンドを志すことなんて叶わないと本気で思いこんでいたのだ。

駆け込んだライブハウスで出会ったロン毛の髭面ブッカーはまさにぼくの求める人材であった。
ベビーフェイスを隠すためにはやした髭とヘアースタイルは例えるならCreepy NutsのR-指定氏のような風貌だ。

「カート・コバーンは死んだから伝説になったんでしょ。お前、伝説になれるなら死ねる?」

彼は平気でそんな質問を投げかけてくる。今思えばイタい会話だが、彼をぼくはすぐに受け入れた。

Nintendo DS軍団にうんざりしていたぼくにとっては、とにかくそんなイタい会話が楽しくて仕方なかった。

アウトサイドの入り口付近

ライブハウスのブッカーの仕事は主に自身の所属するライブハウスでイベントを立ち上げ、そのイベントのチケットを発行し、出演者をブッキングすること。

髭面ブッカーとの出会いはぼくの作ったデモ音源を聴いた彼がぼくに直接連絡をくれたことから始まった。

電話越しに話しているとどうやらぼくの通っていた専門学校の2年上の先輩だった。

「あの講師は80年代以降の音楽をあまり知らない」
「ジャニーズとAKBとEXILEがチャートを独占していることをなんとも思ってないヤツらばかりだ」
「学園祭の大トリを在学生ではなく卒業生のバンドに設定しておいて、フロアがガラガラなのを在学生の責任として捉えている」
「それはイベントを組む側のセンスの無さであり、生徒たちが本当に見たいステージというものを理解できていない先生サイドの責任だろ」

何度か彼のイベントに出演するうちに彼の専門学校に対するイメージがぼくの考えるものと同じような感覚だったことがきっかけで意気投合した。

この頃から髭面ブッカーとぼくは気の合う先輩と後輩の関係になり、よくつるむようになっていった。

ある日、先輩に呼び出され深夜のライブハウスに向かった。
150人も入ればパンパンな小さなライブハウスのステージは暗く静まり返っていて、後方のバーカウンターにだけ照明がついていた。

青く光るZIMAのネオンとハイネケンの冷蔵庫の明かりがやたらと目に滲み込んできた。

壁にかかっている24インチ程度の液晶テレビからはよくわからないドキュメント映画が音声なしで映し出されていて、店内には先輩の敬愛するニルバーナのアルバム『In Utero』が大音量で流れていた。

「『In Utero』っすか!」

ニルバーナの音量より少し大きめの声を張り上げながらカウンターに座ると、カウンターの向こうの先輩は嬉しそうにドリンクのメニューを差し出した。

その日から先輩は若くしてライブハウスの店長を任されることとなり、バー営業を始めることになったとを教えてくれた。

少し怪しげで一見では入ることの出来なさそうな隠れ家のような場所。そこには音楽の話をしながら一緒にお酒が飲める髭面の先輩がぼくにはいるんだ。

なんだかアウトサイドな世界に少しだけ仲間入りできた気がして嬉しくなったぼくは、当時まだ飲めなかったお酒を背伸びして頼んだ。

「このカクテル美味しいから飲んでみ?」

と先輩が出してくれたお酒は、子どもの頃に飲んだ小児科用の風邪薬の味がして正直不味かった。

何年か立ってからカンパリグレープフルーツを飲んだ時に先輩の顔がフラッシュバックしたのを覚えている。

今思えばあの頃先輩はまだ22か23歳。

ライブハウスの経営を任せられるには早すぎるし、時々店のオーナーがヤバい人だという話を聞かされていたからなんとなく感づいていたけれど、前任者の店長が逃げてしまったらしい。

そして少ないスタッフの中からアルバイトの先輩が店長に選ばれて半信半疑のまま期待と不安を抱えてカウンターの奥に立っていたんだと思う。

先輩もきっと背伸びしていたに違いない。

席について1時間もしないうちに前任の店長の知り合いなのか、ヤバいオーナーの知り合いなのか、先輩よりも少し年上で左肩にナイフのタトゥーが入ったお姉さんが入ってきた。

引きつった笑顔で先輩はお姉さんにカクテルを作りながらBGMのニルバーナの音量を少し下げた。

ぼくとは反対側の端っこの席に座ったお姉さんは既に酔っていて、小さな声で先輩に向かって話し続けていた。

話の内容はニルバーナでかき消されていたから聞こえなかったけど、ZIMAのネオンに照らされた先輩の下手くそな愛想笑いを見てられなかったから、カウンターの奥のモニターに映し出されたよくわからないドキュメント映画の字幕を目で追いかけた。

そこにはどこかわからない外国の街の夜景が映っていて、カメラはナイトモードの緑色の映像だった。

手ブレが激しく、ドキュメントとはいえ、ノイズが酷くお粗末な映像だ。民家の屋根に登った若者たちが顔を隠しながら壁に落書きをしているところだった。

するとパトカーがやってきて若者たちは落書きのための道具を放り投げて走って逃げていく。

IMDbより

「落書きは犯罪なんだ!」

彼らを取り逃した警官がカメラの方に向かって怒鳴っている。
それでもカメラを止めないカメラマンは自分は部外者だとしらを切った。

警官の手がカメラを覆い隠し、シーンチェンジ。

タイトルも知らない、音声も聞こえない、途中から字幕を追いかけて見ただけの映画だったけれどぼくの求めているアウトサイドを遥かに超えるアウトサイドな世界がそこには映し出されていた。

彼らはなぜ落書きをするのか?

そんな危険な行為をしてまで、なぜこのカメラマンは彼らを追いかけているのか?
そして、度々出てくる「バンクシー」とは一体なんなのか?

タトゥーお姉さんに愛想を振りまく先輩を横目に「美味しいカクテル」をもう一杯飲みながら映画の字幕を目で追いかけた。

アウトサイドに憧れてまた、生まれ変わる

『イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ』(2010)を “しっかり” 観たのはそれから半年以上経ってからだった。

初めて泥酔した夜に教えてもらった映画のタイトルを覚えて帰るのは至難の技であったのと、そのタイトルがやたらと長かったため、どうやって映画を探せばいいのかわからなかった。

印象的なネズミの絵が描かれたパッケージのDVDをレンタルビデオ屋の棚で見つけた時は小さくガッツポーズをしたのを覚えている。

IMDbより

『イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ』(2010)はアウトサイドの世界に生きるグラフィティアーティストたちに魅せられたビデオカメラ中毒のおじさんが、いつの間にか自身もそのアートの世界に没入していく様を映したドキュメント作品だ。

グラフィティアーティストたちは迷惑行為、犯罪行為である落書きという方法で街中にメッセージを残す。

その理由や方法はそれぞれのアーティストによって様々だが、当時のぼくには彼らがうらやましく感じたのだ。

IMDbより

自身の表現のためなら犯罪行為だとわかっていながらも、とにかく行動するという生き様。

音楽を志すためにきちんと音楽専門学校に通っていた自分が、後ろめたく感じていたのだろう。

学校の友達はみんな片手間で音楽をやってるようにしか見えなかったし、そういう自分も自身の表現に向き合えているのか不安だったのだろう。

映画の中のアーティストたちは文字通り人生をかけて自身の表現に向き合っていた。

だからこそあの頃のぼくにあんなにも衝撃を与えたんだ。

そして、その迷惑行為や表現方法までもを今で言う炎上商法のようなコンテンツとして利用しながらインターネットを駆使して拡散させていったバンクシー。

(C)2010 Paranoid Pictures Film Company All Rights Reserved.

アウトサイドの世界に暮らしながら賢く策を練り、信じられないほどの行動力で世界に名前を知らしめた彼からの衝撃は忘れられない。

あの夜、先輩は結局タトゥーお姉さんの話をずっと聞いていて、ぼくの方に戻ってくることはなかった。内容はわからないけれど、説教されているようにも見えた。

帰り際にぼくのお代を取らなかった先輩は結局、何年後かに会社からの給料未払いが続き、ライブハウスのアンプを盗んで逃亡した。

「退職金ならぬ退職アンプだ」と笑顔で話していた。

その後何度か連絡を取り合ったけれど結局彼が今どこで何をしているのかわからない。

ライブハウスも潰れた。

便器に顔を向き合わせて体の中の毒を吐き出し、生まれ変わったような気持ちになる度に、カンパリグレープフルーツの香りとニルバーナの『In Utero』そして、ノイズが酷くお粗末な『イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ』の映像たちがフラッシュバックする。

先輩は今もどこかぼくの知ることのないアウトサイドな世界で生活しているんだろうか。

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解説『イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ』(2010)

IMDbより

監督:
バンクシー

出演:
バンクシー、ミスター・ブレインウォッシュ、シェパード・フェアリー、インベーダー、リス・エヴァンス, スウーン、ロン・イングリッシュなど

バンクシーは英国を拠点とする匿名アーティストだ。

彼の顔や名前を知るものはほとんど存在しない。

そのミステリアスな存在から多数の噂が流れている。

バンクシーが複数人のチーム名なのか、個人を指す呼び名なのかすら判明していない。

判明しているのは出身地がイギリスのブリストルであることと彼のステンシル技法を使った特徴的な風刺画などの作品性だけである。

彼の初監督映像作品。

ドキュメントタッチで描かれた作品だが、カメラを回しているのはティエリー・グエッタというフランス人。ティエリーは私生活のほぼ全てをハンディーカムで写して生活する映像収集癖を持った一般人。

普段からなんの目的もなく映像を撮りためていただけだったのだが、あるきっかけによりストリートアートの世界に没入していく。

ティエリーの集めた映像を編集し一本の映画に仕上げた監督がバンクシーなのだ。

バンクシーや他の名だたるアーティストたちとの関わりの中で、カメラマンのティエリーの精神がドンドンアーティスティックになっていく様子は他のドキュメント作品とは一線を画すところだ。

 文・金城昌秀
編集・川合裕之(フラスコ飯店 店主)


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金城昌秀

ロックバンド「愛はズボーン」でGt.Voを担当。 様々なアーティストのMV監督や動画編集、グッズやCDジャケットといったアートワークも手がける。

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