Te wo Arai mashou.

バンクシーが現代に与えた影響
| 映画『バンクシー・ダズ・ニューヨーク』

最近父親に似てきた。若い頃の父の写真なんかを見ると顔や体型なんかはそっくりだ。

それだけじゃなく、歩いている時の姿勢や何気ない仕草、声の発し方なんかも「今の言い方、父さんぽいなぁ」と自分でも驚くことがある。

それらは遺伝子レベルの先天的な影響なのか、幼い頃からの生活の中での後天的な影響なのか。どちらにせよ自分自身を構成しているものたちは無意識のうちに何かから影響を受けているということを最近は自覚するようになってきた。

好きなお笑い芸人の番組や動画を見続けているとその人の話し方をいつの間にかトレースしていることもよくある。

好きすぎて “間” やイントネーションをいつの間にか自身に取り入れているのだ。

学校や職場のグループを見てもそのグループ特有の “間” が存在する気がする。若いイケイケな女子たちのグループでは早口で話していたり、相手の話に対するレスポンスの速さや独特なイントネーションが存在する。

一方、エリートサラリーマンたちはきっちり相手が話している内容を噛み砕き、話を聞き終わってから返答する。

そういったように住む世界によってそれぞれの性格や才能が遺伝子レベルに組み込まれるのだ。つまり、自分が聞いていて「面白い」と感じたり「生きやすい」話し方を無意識のうちに自身に取り入れているのだ。

特に、売れているものやトレンドに押し上げられるものたちが世間に与える影響力は半端ではない。
「かっこいい」や「かわいい」なんかもいつの間にか世の中に遺伝子レベルで浸透していく。

時に、犯罪行為であるはずのグラフィティアート。つまり、落書きというストリートカルチャーすらも、いつの間にか「クールでかっこいい文化」として称されることもあるのだ。

そして、ぼくたちが知らず知らずのうちに受け入れている「かっこいい」を誰かが仕掛けているとするなら……

今や世界で最も有名なストリート出身のグラフィティアーティストであるバンクシー。彼の作品はストリートから生まれ、20年近くの時間と共に知名度は世界中のオーバーグラウンドシーンまでのし上がっていった。

作品の魅力はシンプルで強烈なメッセージ性と奇抜な発表方法。

時にSNSを使った炎上商法のような動きを見せる彼の活動はアートシーンだけでなく、ビジネスや政治活動などにも影響を与えている。

バンクシーは「ストリートのやり方」がこれほどまでに影響力を持っていたことを世間に知らしめたのだ。

「炎上商法」や「バズらせる」なんて言葉の生まれる10年も前から彼はその影響力を知っていたのだ。

こうしてぼくたちは日々、知らず知らずのうちにいろんな作品や人物から影響を受けている。そしてバンクシー自身もまた遺伝子レベルで影響を受けているであろう作品やアーティストたちが存在する。

それは無意識なのか、意識的なのか。

80年代ポップアートシーンとストリートアートシーンのアーティストたちとバンクシーの共通点「ストリートカルチャーを世界に認めさせた」背景に迫っていく。

目次
・人の気持ちを逆撫でする天才〜世界を巻き込む炎上商法〜
・現代のストリートアートが広まる理由〜映える作品の量産〜
・覆面であるというブランディング
・誰でも理解できるけど、誰も思いつかないこと

人の気持ちを逆撫でする天才〜世界を巻き込む炎上商法〜

2000年代初頭、ストリートカルチャーやグラフィティは下火だった。インターネットの普及によりその可能性に世界中が夢中になっていた頃だ。日本ではホリエモンの起業やライブドア事件などがニュースで取り上げられ世間を騒がせていた時代。

若くしてパソコン一台で起業ができる。IT革命の到来だ。生活の中での不満や自身から湧き出るメッセージを街の壁に描き表現しているよりも、PCでコードを書いている若者たちに注目が集まっていた。

当時ぼく自身もまだグラフィティの字体やデザインがかっこいいと思ったことはなかったし、それをかっこいいという人が周りにいたなら、なんだか「ズレてる人」という印象だったかな。

今考えるとグラフィティやストリートカルチャーが流行の最先端とはちょうど真逆に位置していた時代だったように感じる。そして、この頃はまだアートとインターネットが融合できていなかった時代だった。

そんな2002年ごろ、ロンドンのウォータールー橋やロンドン周辺のさまざまな壁に描かれた『風船と少女』。

Art pediaより

ストリートに描かれた『風船と少女』は現在、どれも残っていない。

バンクシー初期のステンシル作品であり、彼の作品の中でも最も有名な作品の一つである。

2004年ごろ、ぼくの感じていたグラフィティアートの印象といえば、立体的な文字の造形を敢えて読めないくらいまでねじ曲げ、カラフルな色彩で描くものだった。

st-style.comより

『風船と少女』はその真逆。色は黒と赤の2色をシンプルに配置するだけの作品で、しかもステンシルアートと呼ばれる手法を使っていて簡単に何度も複製する。時間をかけて考え抜かれた造形と、いかに書き込みの多さを詰め込むことができるかというグラフィティの主流の発想を逆転させた作品だ。

こういった繰り返しの手法。複製による芸術はポップアートの巨匠アンディ・ウォーホル(1928年〜 1987年)の作品『キャンベルスープ缶』(1962)などからの影響を感じる。

Art pediaより

アンディが80年代までにシルクスクリーンを用いて描いた作品たちは「何度も繰り返し複製することができる絵画」として現代芸術の業界に大きな影響を与えた。

バンクシーはその手法をストリートに落とし込んだのだ。

「こっちは筆(スプレー缶)を使って一点づつ魂を込めて作品を作っているんだ!ふざけるな!」

という声が聞こえてきそうなものだ。

アンディにしてもバンクシーにしても、彼らのとった手法は芸術を志す人たちからすれば禁じ手である。

しかも、落書き、犯罪行為であるグラフィティアートの世界ではその行為自体が禁じ手であるにもかかわらず、その業界内でのモラルまでも覆す手法をとったバンクシーはとんちが効きすぎて「誰が誰になぜ怒っているのか」わからなくなるようなパフォーマンスである。

この頃からバンクシーはイギリスを拠点に活動するストリートアーティストとして頭角を表した。その後も数々のエキシビジョン展示会やロンドンやパリの美術館での作品の無断展示などがニュース番組に取り上げられ、その知名度はドンドン広がっていった。

2005年に行われたエキシビジョン「Crude Oils」の内容は生きたネズミを200匹展示会場に放しており、作品を見るためには会場に散らばったネズミたちの糞の上を歩かなければいけないというものであった。

本来、芸術作品の展示場や美術館というものは綺麗で整頓されているイメージが強い。そんなイメージの真逆のイメージを生きたネズミを使って表現したエキシビジョンだったのだ。

入場料は無料だが、入場するには「ネズミの糞の上に滑って転んで、腰の骨を折っても、訴えません」という、半分ギャグのような誓約書にサインするのが条件だった。

the art of banksy より

現在よりもインターネット自体が遥かに発展途上であった当時、テレビのニュース番組などによりバンクシーは認知を広めていった。

今で言うところの「炎上商法」だ。

特にこの頃のバンクシー作品や活動の内容は由緒正しき美術界への冒涜的なものが多い。喧嘩を売るだけ売って自分は身を隠す。まさにグラフィティアート。落書き行為の得意とする部分を活かしている。

完全なるカウンターカルチャー、ストリートカルチャーのアーティストの手法である。

『風船と少女』のような作品でストリートのカルチャーに喧嘩を売りながら、生きたネズミ200匹を使って由緒正しき美術界にも喧嘩を売りまくる。

アート業界と呼ばれる「自由な表現の場に存在するルールやモラル」といった矛盾に対するカウンターのメッセージを感じることができるのだ。

ぼくは正直、この辺りのバンクシー作品が好きでたまらない。とにかく喧嘩を売っている姿勢や、作品を残すだけ残して身を隠す卑劣さが見ていてたまらない。ぼく自身に被害はないにしても「やられた!」と心の中で叫んでしまう。

これらのニュースはたちまち世界中へ広がっていく。

バンクシーの活動はアート界ではとどまらず、2010年にはアカデミー賞にもノミネートされた映画『イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ』(2010)を発表。作中では上記のような彼のこれまでの活動も少し紹介されている。

そしてSNSの時代へ。世界中がFacebook、Twitterに目を向け始める。

表現の場を持たないアーティストたちが犯罪行為に手を染めてまでも表現してきたストリートカルチャーであったが、SNSの時代はもはやグラフィティアーティストにとっては死活問題である。

SNSの登場により、誰もが発信者となり、誰もが表現したいメッセージを簡単にネット上にアップできる世界が広がったのだ。

もう壁に落書きしなくても作品を見てもらうことができる世の中となってしまったのだ。そんなグラフィティアーティストの危機をバンクシーがまた、更にひっくりかえすのであった!

現代のストリートアートが広まる理由〜映える作品の量産〜

現在(2020年)バンクシーのInstagramのフォロワーは1021万人。最初の投稿は2013年10月2日だ。

2013年10月に彼が仕掛けた『Banksy Does New York』は1ヶ月間、毎日のようにニューヨークの街のどこかにバンクシーが作品を展示(設置)。

つまりニューヨークという街全体を自身の作品の展示会場にしてしまったのだ!

特定の場所は公開せず、新しい作品の写真や動画を公式サイトとInstagramにアップするだけ。ニューヨーカー達は必死になって、ストリートとインターネット上の両方でバンクシーが残した作品を探し周るのだ。作品を見つけたファンたちは写真や動画をSNSにアップして情報を共有しあうのだが、当時既にバンクシーの作品はオークション会場にて高額で取引されていたため、作品を切り出して保護するものや人だかりが迷惑だと作品を消してしまうもの、作品を盗み出すものまでも現れてくる。

1ヶ月間ニューヨークはバンクシーの手によって大パニックとなった。

ストリートアートとSNSの融合である。

「誰もが表現できる」というSNSの時代を逆手にとり、「誰もがバンクシーの作品を広めることができる」という部分に目をつけたのだ。

つまり、ニューヨークの街に「映える作品」を「毎日投稿」していったのだ!

2013年にはまだ「映える」という言葉すら生まれていなかった。「炎上商法」にしろ「映える」にしろ「毎日投稿」にしろ、先取りしすぎだよ。

こうしてバンクシーは現代のマーケティング業界にも多大な影響を与えたのだ!

今や当たり前となったイベント会場、観光地でのフォトスポットや飲食店などの「映えるコンテンツ」。バンクシーはマーケティング用語でいうところのUGC(User Generated Content)と呼ばれるユーザー生成コンテンツをいち早く駆使したのだった。

バンクシー自らが広告を打つのではなく、作品をファン同士が勝手に拡散していく仕組みをストリートアートと融合させた。しかもニューヨークという流行の最先端の土地を使って。

バンクシーのこういった戦略には『キャンベルスープ缶』のアンディ・ウォーホルと同時期に活躍したストリートアートの巨匠キース・ヘリングからの影響を感じる。

『Once Upon a Time Keith』 Art pedia より

キース・ヘリング(1958〜1990)は80年代にニューヨークの地下鉄駅構内の掲示板にシンプルな線と色とで構成された一眼見れば忘れられないモチーフをかき続けた。

本来、広告ポスターや案内を張り出すための掲示板をキャンバスにみたて、多くの駅構内に作品を残していったのだ。

『Radiant Baby』Art pedia より

キースの作品をニューヨーク中の人たちが認識した頃に満を持して個展の開催を発表。
広告費0円で個展会場は人で溢れた。

「あの絵を描いているのは一体誰なのか?
「他にはどんな作品を描くのか?」

など口コミをメインに客が客を呼び寄せたのだ。

まさに80年代のUGC戦略の成功例である。

バンクシーにはこういった「ストリートのやり方」が後天的に遺伝子レベルで埋め込まれているのだろう。

そして、彼の認知を広める最大の武器、「覆面アーティスト」であるということ。

「バンクシーの正体は?」
「バンクシーを特定しました!」

そんな話題を活動初期から一貫して提供し続けている。

覆面であるというブランディング

バンクシーの正体は未だに特定されていない。わかっているのはイギリスの南東部に位置するブリストル出身だということくらい。

ファンの間で最も有力とされている情報はマッシヴ・アタックのメンバーである3Dことロバート・デル・ナジャがバンクシーの正体ではないかという噂である。ドラムンベースの帝王で知られるゴールディがラジオ番組内でバンクシーのことを勢い余って「ロバート」と言ってしまったことから、噂は真実味をまして一層広まった。しかしロバートは「バンクシーとは仲の良い友人でコンサートにきてくれたこともある」と説明し自らがバンクシーであることを否定している。

こんな風にバンクシーの正体をファンやメディアが話題にあげることで、これまた広告費0円で彼の名前がテレビやネットニュースで取り上げられるのである。そして、その神秘性がまた、認知度を増やしていく。

覆面アーティストである理由は0円広告のためだけではない。何度も記しているようにストリートアートは犯罪行為。彼の正体がわかっているなら美術館に忍び込み勝手に作品を展示したり、ニューヨーク中に毎日落書きしまくったんだからとっくに逮捕されているに違いない。

そう、バンクシーの魅力はそこにも詰まっている。まるでバットマンのような正体不明のダークヒーロー!世界中で犯罪行為を犯しながら予測不能なアート表現を続けているのだ!

作品の中には戦争孤児の存在を広めるものであったり、資本主義社会の矛盾を提示していたりと社会派なものも多く残している。

2015年8月 テーマパーク Dismaland(ディズマランド)がひと夏だけ、期間限定で開催された。地球上の一握りの人間だけがディズニーランドのような夢の国で休日を過ごせるその一方で、国にいられなくなる難民、チベット問題、飢え、命や権限を奪われるなど、私たちの一致団結でこれら問題を解決したい、と思わせるディズマランドだった。

Art pedia より

バンクシーは正義の味方でもなければ、ただの迷惑なお騒がせ犯罪者でもない。そして、商業的な売名行為のための表現を中心とするビジネスアーティストでもない。彼の表現活動は常に一貫して何かしらの問題提起をしている。

彼はあくまで、誰も正体を知らない「覆面アーティスト」なのだ!

誰でも理解できるけど、誰も思いつかないこと

「バズる」なんて言葉が世の中に浸透する遥か以前から80年代のアート業界のノウハウをインターネットと融合させて活用したバンクシー。世の中の流れを読みといて、常に誰よりも早く、次の一手を投じているように見える彼の活動の源にはきっと、80年代アートシーンとストリートシーンのノウハウが遺伝子レベルで刻まれていたに違いない。

そして、バンクシーが現代に与えた多くの影響は「炎上商法」や「映えるコンテンツ」のように既にぼくたちの当たり前の戦略となって脳内に組み込まれてきている。

新型コロナウイルスの影響によって加速したインターネットを駆使したエンタメ業界、アート業界のノウハウは今、ほとんど飽和状態にあるような気がするのはぼくだけだろうか。

SNSが登場してきたあの時期に、表現者と観客の境目がなくなることに恐怖を感じていたアーティストたちに『Banksy Does New York』(2013)のような斬新な表現方法を誰よりも先に提示したバンクシー。

2020年、更に時代が進み当時よりも表現者と観客の境目はドンドン薄れつつある。そして「バズらせる」なんて言葉すらも古臭くなってきたこの世の中で、一体何が世界中の人たちを熱狂させるのだろう。

想像したってぼくには解らない。ここにきて、本当に解らなくなってる人は多いはずだ。

「誰もが一瞬にして理解できるが、誰もまだやったことのない表現」を世界中の人たちが心から待ち望んでいるはずなんだ。

彼ならやってのけるはず。ぼくは信じて待っている。

覆面アーティスト、バンクシーの次なる一手は、まだ誰の遺伝子にも組み込まれていない全く新しい手法なのだろうか。

バンクシーについてまだまだ書き足りない!ということでここでは書ききれなかったことを現在執筆中!

公開されたらTwitterから告知するので上のバナーから飛んでみてね!

解説『バンクシー・ダズ・ニューヨーク』(2013)

映画ドットコムより

監督:クリス・ムカルベル

出演: キーガン・ハミルトン、 Jaime Rojo、 ベス・ステブナー

撮影: マイ・イスカンダル、 カリム・ラウル

上記でも紹介したようにバンクシーによる1ヶ月間のストリートエキシビジョン『バンクシー・ダズ・ニューヨーク』(2013)の模様をドキュメント映像作品として発表したもの。

バンクシー関連の映像作品としては『イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ』(2010)の次の作品となるが、『バンクシー・ダズ・ニューヨーク』の中ではバンクシーは一切出てこない。

 『バンクシー・ダズ・ニューヨーク』という1ヶ月間のエキシビジョンを記録した映像だけでなく、バンクシー作品を数多く所有するオークションバイヤーのインタビューやバンクシーの作品を盗む若者たちの犯行の瞬間など、バンクシーを取り巻く人物たちをリアルにとらえている。

 文・金城昌秀
編集・川合裕之(フラスコ飯店 店主)

関連記事:
ぼくがバンクシーに出会ったのは――

ぼくがバンクシーに出会ったのは潰れかけたライブハウスのバー営業。

話す相手もいなくて、居心地が悪かった。そんな時、壁にかけられた小さな液晶モニターに映し出された『イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ』(2010)。

あの時ぼくはあの映画をただ眺める事しかやる事がなかったのだ。

あれから10年。世の中を騒がせるストリート出身のアーティストバンクシー。

彼がぼくに与えた影響は稲妻が落ちる類のものではなく、チクリと刺した針の先から、10年の月日をかけて体中に毒が侵略したかのように内面化されている。なぜか覚えている映画。

>アウトサイドに生きる天才策士 バンクシー|『イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ』(2010)<

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金城昌秀 Written by:

ロックバンド「愛はズボーン」でGt.Voを担当。 様々なアーティストのMV監督や動画編集、グッズやCDジャケットといったアートワークも手がける。

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