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夢に破れた若者を救う物語『火花』

Netflixで何か観たい作品を探していると自然と目に入ってくるのは「もう一度観る」という表示の一覧。まだ観たことのない作品を探しているはずなのに、なぜか「もう一度観る」の一覧から作品を選んでしまうことがある。それはきっと既に観たことのある作品に対する安心感。絶対に “ハズレ” 作品を選ばないための唯一の方法だ。

既に観たことのある作品をもう一度観るということはその作品に偉く感動して信頼を持っている証拠なわけだが、つい最近、Netflixオリジナル作品『火花』(2016)のアイコンにぼくの指がもう一度タッチした。以前に観たのは『火花』がリリースされた半年後くらいだろうか。

Netflix『火花』公式 Twitterより

何を隠そう、ぼくがNetflixに月額登録するきっかけとなったオリジナル作品の一つ、それが独占配信の『火花』(2016)だったのだ。それまでレンタルショップで映画やドラマのDVDを借りて観ていたぼくは今や当たり前となったサブスクリプションの動画配信サービスの仕組みに感動したのを覚えている。

それと同時に「こんなにもクオリティの高い作品をNetflixという媒体だけで扱うなんてなんてもったいないんだ!」などと考えていたほどだ。

お笑い芸人の又吉直樹が純文学作品『火花』(2015)で第153回芥川龍之介賞を受賞して話題となったのが2015年。その翌年2016年にNetflixオリジナルドラマとして配信がはじまったこの作品は2017年に再編集してNHK総合で放送された。その放送は第54回ギャラクシー賞におけるテレビ部門フロンティア賞を受賞。

Netflix『火花』公式 Twitterより

原作もドラマも文句なしの肩書きを持った化け物みたいな作品である。

だからこそ “2週目” を観たぼくは、今更ではあるがあえてこのタイミングでこの作品を取り上げてみることにした。なぜなら、この作品が時代の流れや流行り廃りに関係せず普遍的な要素を多く含んでいる作品だと感じたからである。

それと同時に『火花』の舞台となる2001年から2009年の日本というぼくが青春時代を過ごした時代をかなりリアルに映し出してくれていることもあり、とても親近感を覚えている作品でもある。

末期のガラケーや当たり前に路上喫煙する若者。ハングリーであるという美学が蔓延していたことなど風景だけでなく価値観や哲学も令和の日本とは少し違っている気がして今観てもやっぱり面白い!

もし、「もう一度観る」の一覧の中に『火花』が登場しない人がいるならすぐに検索して観てほしい!

-目次-

・売れないお笑い芸人はかっこいい?
・観る人によって捉え方が変わるエンディング
・淘汰されたものたちへの心の救済

そんな『火花』について今更ながら、感じたことを書いたので是非本記事もあわせてお楽しみくださいませ!

売れないお笑い芸人はかっこいい?

芸人はなぜこんなにもかっこいいのか!

Netflixオリジナルドラマ『火花』(2016)を見て改めてそう感じさせられた。

最近『日本でHIPHOPが流行らないのはダウンタウンのせい説【考察】』というYouTube動画が話題となった。簡単に内容を説明すると、マイク一本とセンス、体ひとつで誰にでもスターになることが可能なHIPHOP界の花形、ラッパーという存在。ラッパーとしてサクセスするよりもお笑い芸人としてサクセスする人口が多いのはなぜだろうと考えた時に、日本には松本人志という伝説的お笑い芸人が存在するので、日本では才能ある若者がラッパーではなくお笑い芸人を目指してしまうのではないか?という考察動画である。

こう聞くと、少々乱暴な考察に聞こえるけれど、解説している投稿者のDTM ent.さんの双方に対するリスペクトが感じられて素敵な動画なので気になった方は是非一度覗いてみてください。

その中で語られているように体ひとつ、口先とセンスだけで、生まれも育ちも関係なくサクセスすることができる業界。それがお笑い芸人の住む世界なのだ。HIP-HOPが日本で流行らないことと芸人の存在に相互関係があるかどうかはさておいて、生まれた家や地域に左右されることなく、日本の芸能界でサクセスするならお笑い芸人の道を選ぶことはかなりベターな選択なのかもしれない。

Netflix『火花』公式 Twitterより

だけど、ベターであるからこそ芸人の道を選ぶものが多く、その中でも名をあげて成功する芸人は一握りである。『火花』(2016)の中に出てくる芸人たちは誰もまだ名をあげていない。つまり売れない芸人たちなのだ。

売れない芸人がなぜあんなにもかっこいいのか。それは「まだ売れてない芸人」だからだ。他人がなんと呼ぼうが本人たちは自分のことを「売れない芸人」なんて自覚を持っていない。「まだ売れてない芸人」もしくは「いつか売れる芸人」と、そんな風に信念を貫く姿は泥臭く、痛々しくもあるけれどぼくにはやっぱり、かっこよく見えた。そして、見ているこっちも彼らのことを「いつか売れる芸人」だと思わせてくれる。なぜこの人たちが燻っているんだろう。そんな風に感じる瞬間さえあった。

Netflix『火花』公式 Twitterより

しかも、ギラついたその信念の先にある目的は「人を笑わせること」なのである。
彼らは人を笑わせるために血反吐を吐いて努力する。その矛盾を『火花』のキャラクターたちを通して共有できている感覚がたまらない。

しかし、この物語では「いつか売れるはずだった芸人」たちが結局、売れないままエンディングを迎える。夢に破れ、コンビを解散して就職していく芸人の姿や多額の借金を抱えて夜逃げする姿などが描かれるこの物語は決して単純なサクセスストーリーではなかった。

なぜ、現役お笑い芸人の又吉直樹はそんな残酷な物語を書いたのだろうか。

観る人によって捉え方が変わるエンディング

主人公の徳永は時給700円のコンビニバイトをしながら劇場で漫才をする下積みを経て深夜ネタ見せ番組に出られるまでのし上がるも、物語の終盤で志半ばにコンビを解散して芸人を引退してしまう。

解散理由は相方に子どもができたため相方が実家に帰ってしまうという本当にリアルでシビアな問題だ。この辺りの原作を元にしたシナリオからしてシビアな問題を取り扱っている上にドラマ演出もかなり手が混んでいる。

解散を提案しに徳永の家に訪ねてくる相方の山下とその彼女のゆりえ。三人は上京前からの長い付き合いで徳永もふたりの関係を根本的には悪くは思っていない。山下は解散と妊娠の報告を徳永に打ち明けようとするがなかなかできず、モジモジしていると回していた洗濯機が音をたてる。徳永は一旦洗濯ものを洗濯機から取り出し窓際のカーテンレールに靴下や下着を干しながら山下の話を聞いている。

いてもたってもいられない山下は徳永の靴下を洗濯バサミに挟みながら、ゆりえが妊娠したこととそれを理由に大阪に帰る報告、そして解散の提案を持ちかける。

あえて生活感のある「洗濯物」をこのシーンに差し込むことで「解散を持ちかける」というドラマ全体にとっての大事件をリアルに演出している。そのギャップは本当に優れた演出である。

Netflix『火花』公式 Twitterより

そして、その後徳永と山下はコンビを解散し、芸人を引退する。夢を持つ若者にとってはかなり残酷なエンディングだ。このリアルな演出とシビアなシナリオは観る人、そのタイミングによって意味合いが変化するものだとぼくは考える。

夢を持つ若者にとっては挫折を予感させるシビアで残酷なエンディングとなるが、一度挫折を経験したことのあるものが観た時には、その受け止め方は変わってくるのだ。重要なキーワードはラストシーンに語られる。

「生きている限りバッドエンドはない。ぼく達はまだ途中だ」

そう、この物語は確実にバッドエンドなのだ。しかし、徳永も山下もその後に続く人生を考えた時に最終回のあの日はまだ途中なのである。挫折を人生の通過点にするものもいれば、本当にそこで心が折れてしまう人もいる。だけど、大抵の人は通過点として受け入れるだろう。

何食わぬ顔で不動産屋の営業の車を運転する徳永の人生はまだ途中なのだ。

このドラマのエンディングはかなりシビアなバッドエンドだ。だからこそ、このドラマを通過点として捉えることができるものとそうでない夢を追いかけるもの、観る人のタイミングによってエンディングの意味合いが変わって感じられる優れた作品となっている。

Netflix『火花』公式 Twitterより

今年で31歳のぼくは何を隠そう、今回の “2週目” でなんとなく、自分がそのバッドエンドの後の途中を走っていることに気がついた。「夢を追いかける」フェーズを終えてさらに続く人生を何食わぬ顔で走り出したばかりだ。だけど “1週目” の頃は違っていた。

徳永と山下の漫才が世の中に認められないことへの苛立ちや、解散せざるを得ない状況を一緒になって悲しんでいた。そんな “1週目” だった当時から、ぼくの心に残っている言葉がこの作品にはたくさん存在する。その中でも徳永の師匠、先輩芸人の神谷の言葉を心待ちに今回の “2週目” を楽しんでいた気がする。

淘汰されたものたちへの心の救済

ぼくは時々、自分がとてもちっぽけな存在なんだと思えて虚しくなることがある。

どんなに大きな仕事をしていても、どんなにひとから褒められる結果を出したとしても、時間が経てば忘れ去られてしまうちっぽけな存在なのだと考えてしまうことが時々ある。結局は大きな渦の中の小さな一粒の存在であることを想像すると虚しい気持ちを抱くのだ。

人にはほとんど話したことはなかったし、この感覚を誰かに説明して共有しようと思ったこともなかった。だけど『火花』の中にその感覚を表す言葉が出てきてぼくは大号泣した。

「淘汰された奴らの存在って絶対に無駄じゃないねん。一回でも舞台に立ったやつは絶対に必要やってん。これからの全ての漫才におれ達は関わってんねん」

徳永の師匠であり先輩芸人神谷の言葉である。この言葉はぼくの心の中から虚しさをえぐり取ってくれた。

Netflix『火花』公式 Twitterより

芸事には全ての芸人が関与している。売れた芸人は売れなかった芸人がいるからこそその地位を得ることができたのだと神谷は語る。

この言葉は又吉の「お笑い論」であり、この作品の根底にある言葉だと感じている。

時給700円のコンビニ(研修期間は600円)アルバイトをしながらお笑いの道を志す主人公徳永の生活は苦労の連続だ。

ではなぜ彼はそこまでして10年間もの間お笑いを続けられたのか。それは本当に面白いお笑いを作ることができるという信念があったから。そんな信念が折れてしまった徳永を救ったのがこの言葉だったのだ。

さらに加えて考えてみると、徳永の友人の美容師や、バイト先の嫌な先輩など全ての人たちが徳永の芸に関与しているとも言える。

「淘汰された奴ら」だけでなく日々出会う人たちそれぞれに存在の意味があり、その影響でサクセスの結果は変わっていくものなのだ。

だからこそこの物語の最後の語りは「まだ途中」なのだ。徳永の夢は破れた。『火花』という物語の中では確実に「バッドエンド」である。だけど、神谷の語る「淘汰された奴らの存在は無駄じゃない」という言葉があるおかげで徳永は芸人人生を全うすることができたのだ。

いつの時代も多くの人はサクセスしようとする生き物だ。そんな人たちが挫折した時に、それも徳永のように、どうしようもなくやりきれない挫折を経験した時に神谷の言葉が心を救ってくれる。その経験を糧にさらに続く先の人生をどのように過ごすのか。それはこの作品では語られていない。だからこそ、この作品が時代の流れや流行り廃りに関係のない普遍的で化け物のような作品であるのだ。

Netflix『火花』公式 Twitterより

お笑い芸人を志した徳永がなぜ挫折したのか。今のぼくにはわかる。徳永は神谷の言葉を本当の意味で理解できていなかったのだ。徳永は「お笑い」という大きな渦そのものになろうとしていたから挫折したのだ。そうではなく、その大きな渦の中のちっぽけな存在であるということを受け入れていれば違う形で彼の芸人人生はまだ続いたのかもしれない。
どんなに苦しく、どんなに挫折しても覚えておきたい感覚である。

ぼくたちはこの先もずっとちっぽけで、途中だ。

 文・金城昌秀
編集・川合裕之

>映画『何者』(prime video)

>映画『バクマン。』(prime video)

解説『火花』(2016)

Netflix『火花』公式 Twitterより

原作:
又吉直樹

監督:
廣木隆一(総監督) 白石和彌 沖田修一 久万真路 毛利安孝

出演:
林遣都 波岡一喜 門脇麦 好井まさお(井下好井) 村田秀亮(とろサーモン) 染谷将太

Netflixジャパンオリジナル作品で全10話完結ドラマ。

少しでも間延びしてしまうとチャンネルを変えられる恐れのあるテレビドラマでは俳優の顔を大きく写すバストアップ映像が多くなりがちであったり、一定時間同じ画角の映像で退屈させないためにカット数が増えたりする傾向がある。そんな中登場したサブスクリプション動画サービスはテレビとは違ってチャンネルを変えられる恐れがないため自由度の高い映像、音響演出を施すことができると言われている。

本作品ではワンカット長回しや、 “引き” の画角を多用したり、ドラマでは前代未聞の無言無音のシーンが存在したりとドラマというよりは映画的な演出が多く使われている。
そのため、原作の小説では味わえない “間” がリアルに体感できる。

吉本興業が製作しているため、主人公の相方を筆頭に吉本所属タレントが起用いる。
今田耕司やレイザーラモンが本人役で登場したり、その他若手芸人も多数出演。また、ライブシーンの一部は吉本が保有するヨシモト∞ホールで撮影が行われてた。

関連記事:簡単に「共感」してくれるな
| 小説『劇場』レビュー

小説『火花』(2015)と同じ又吉直樹原作作品である小説『劇場』(2017)を元に「共感」と「おもしろい」の関係性を考える。物語の捉え方は人それぞれであるが『火花』の記事で語ったように又吉直樹作品は「簡単に共感させてくれない」のかもしれない。

→又吉直樹作品についてさらに記事を読む

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金城昌秀

ロックバンド「愛はズボーン」でGt.Voを担当。 様々なアーティストのMV監督や動画編集、グッズやCDジャケットといったアートワークも手がける。

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