Te wo Arai mashou.

西洋に翻弄されたインド帝国
|映画『スラムドッグ$ミリオネア』

数年人生というものを歩んでいると、これはどうにもならない!な問題に出逢うことがある。

いきなり暴動に巻き込まれ、お母さんが殺されてしまった。知らず知らずのうちに悪い人の懐に取り込まれいきなり眼球を潰されてしまった。

そこまでハードモードではなくても、何かしら人生で「自分の力ではどうにもならなかった!」な不幸が押し寄せてくることは…誰にでもある。

そしてそれを時として人は「運命」と呼ぶ。

じゃあ運命を決めているのって誰なんだろう?私たちの人生は見えない何かに操られてるの?

この記事では『スラムドッグ$ミリオネア』を通して人の人生に渦巻く大きなパワーについて考えてみよう。

「運命」は誰が書く?

(C)2008 Celador Films and Channel 4 Television Corporation

「彼はあと1問でミリオネア。なぜ勝ち進めた?」

A. He cheated (インチキした)

B. He’s lucky (ツイていた)

C. He’s a genius (天才だった)

D. It is written (運命だった)

これは作品の冒頭で観る者に出題される第0問。インドのコールセンターのお茶汲み係として働くジャマールはイギリス発祥の、そして世界中で人気を博したクイズ番組「Who wants to be a Millionaire ?」に出演し、スラムでまともな教育を受けずに育った身ながら最終問題まであと一問にまで上り詰める。

しかし、そこまで上り詰めた影には、神に突きつけられた、彼の苦難に満ちた人生があった。

「It is written」はなぜ「運命」と訳す?

この間、オンラインで遠方に住んでいる友人と話したとき、こんな話を聞いた。

「私は人の人生ってもう予め既に書かれているものだと思ってる。いつ、どこで、どんな人と出逢って、どんな幸運があって、どんな不幸があって、どんな病気になって、いつどうやって死ぬかまでもう全部決まっている。「運命」を変えようと思って行動する。その行動することさえ予め決まったこと。こう考えると『なんで私がこんな目に』って考えることがなくなる、だってこれももう決まってたことなんだなって思うから」

なるほど、もう自分の人生って決まってるんだ。自分が18歳になった時に未知のウイルスが世を蝕む時がくることは予め決まっていたんだ。こう言われたとき、ドキドキワクワクな大学一年目を台無しにされてしまった不幸もなんだかグッと飲み込むことのできる力が湧いてくる気がした。

日本のアイドルの歌なんかを聞いていると「you are my destiny」といった歌詞をやたら目にする気がする。なるほど、運命の人なのね。あ、またdestiny。あ、ここにも、この歌詞にも!多いなぁ、運命。

「Destiny=運命」「運命=Destiny」この解釈に首を横に振る人はなかなかいないだろう。

しかし!上にスクロールして冒頭の四択をもう一度見て欲しい。

「運命だった」=「 It is written 」と訳されている。be動詞+過去分詞。中学生でもわかる受動態。直訳すると「それは書かれていた」となる。

そう、つまりこの映画でも「運命」=「既に書かれたもの」と捉えているということだ。

いやまってでも劇中に何度かdestinyって出てきてるよ!という方へ。反論受け付けます。

全ての運命という単語が出てくる場面で「It is written」が使われているわけでもないのである。

ここは日本語の会話で運命という単語を使う場面を想像してもらいたい。

「既に書かれていた王子様が迎えに来てくれた」

「あなたは既に書かれていた人よ」

正直、ロマンも何もない興醒めの会話になるのがお分かりだろうか!プロポーズの言葉で「君は僕の人生に既に書かれていた人だ」なんて言われたら…いや、それもそうだけど…危うくその人の人生から消しゴムで消してもらいかねない事態になる。

こういうわけで、冒頭では、より「書かれていること」の強調、そして劇中は「destiny」と自然な使い方がされているというわけである。

しかし、冒頭で「It is written」と書かれていることは無視しづらい。なぜ製作陣はこの表現をわざわざ使ったのか?

ここで最初の疑問へと戻ろう。果たして運命を書くのはいったい誰なのか?(幸か不幸か中学生が受動態を習う時は文の最後に「by 〜」がよくつくが、ここでははっきりと明記されていない。)

答えは、なんと意外、インド文化とは似ても似つかぬ『新約聖書』に重要なヒントが隠されている!

But he answered, ” It is written, ‘One does not live by bread alone, but every word that comes from the mouth for God'”

「『人はパンだけで生きるものではなく、神の口から出る一つ一つの言(*ママ)で生きるものである』と書いてある」

〜マタイによる福音書4章4節

これは断食をしているイエスに対して悪魔が「あんた、神の子ならこの石をパンにして食べたら良いじゃん。」といったことに対してのイエスの返答である。「It is written」と書かれていることはもとより、私たちはパンや世俗的なものによってではなく神の命により生きているのである。そう、「神の言」=「運命」ということである。『スラムドッグ$ミリオネア』のあの一文はこれにインスピレーションを受け作られていると考えるのが妥当だろう。

結論、ここでいう「運命」とはキリスト教観でいう「主」によって書かれているのである。はぁ、なるほど。これで冒頭の疑問への答えは見つかった。おしまい。

ちょっと待って。キリスト教、つまり西洋の象徴が絡んでくると「『スラムドッグ$ミリオネア』は運命が導いたハッピーエンド!めでたしめでたし良かった!!」そんな単純に終わる話ではなくなってくる。この映画をインド×欧米という視点、そしてそれが成立した17世紀あたりの歴史から見ると、新約聖書のキリスト教観然り、非常に大きな新しい事実が見え始めるのである。

『スラムドッグ$ミリオネア』に
内包された西洋とインドの歴史

ちょっとキリスト教の要素が最初に入っているだけで一見して何も問題なさそうな内容。しかし、インドにおけるキリスト教人口はたったの1%にもにたないという事実が存在する。この事実を掘り進めると壮大…過ぎるかもしれない背景が見えてきた!?

母の命を奪ったのはヒンドゥー教徒?
……それともイギリス?!

作品の冒頭場面、カラフルな画面に急に映し出される激しい殺戮。一人の「ヒンドゥー教徒だ!」というたったひとつのセリフから伺える壮大なバックグラウンドを覗いてみよう。

世界の紛争のほとんどは宗教対立が要因となっているといっても過言ではない。聖地エルサレムをめぐる数千年にも及ぶ争いは現在も続いている。インドの位置する南アジアもそれに漏れることはなく、カシミール地方帰属問題、パキスタンとインドの核開発など、宗教対立が大元の問題は現在進行形で進んでいる。いやいや、ここにそんな小難しい話読みに来てんじゃねえよって人、ちょっと待った。この問題、根本的な原因を作ったのはイギリスなんです。

詳しい話の前にちょっとインドの宗教基本情報。インドの大半、人口の約80%はヒンドゥー教徒、日本人の私たちが想像するいかにもインド!なメジャー宗教。そして15%がイスラム教徒。へえ、意外と多いじゃん。

「いや、違う宗教なのに対立するのは当たり前じゃん?」と思う人もいるかもしれない。しかし実は、インドにおいて元々はヒンドゥー教とイスラム教はそれなりによろしくやってた歴史がある。(その時代の君主次第でもあるけれど)15〜16世紀のインドではインド=イスラーム文化が生み出され、あの劇中にも登場するタージ=マハルなんかもインド様式とイスラーム様式が融合された作りになっている。

なのにどうしてこんなにも紛争が起こるようになってしまったのか?

その原因は簡単にいうとイギリス。インドはイギリスの富の源であり、何があっても失ってはならない植民地。しかし、19世紀の終盤になるとインドの経済状況の改善やインド大反乱などを経験した理由から、イギリスは統治をより強固にしようと考えた。本気出したら悪魔の三角貿易なんかも考えついちゃう大英帝国、自分が力で押さえつけるより内部を分裂させ、「インド」の一致団結を防ぐという後の世を考えない最低なアイデアを採用する。そう、それに利用されたのが宗教というわけだ。インドの東のベンガル地方をイスラム教の多い東とヒンドゥー教の多い西で分けるベンガル分割令や、少数のイスラム教徒を優遇し協力を防ぐ全インド=イスラム同盟を結成する。こうすることによってイスラム教vsヒンドゥー教の構図を作り上げ、その後第二次世界大戦後にインドが独立した後は知らんぷり、というわけだ。

ジャマールとその兄サリームはヒンドゥー教徒の暴動により母を失ったことを機に苦難に満ちた人生を送る。もし母が死んでいなかったら?彼らは貧しいながらもそれなりに幸せな子ども時代を送れたのではないだろうか。ジャマールを不幸に突き落としたのは元はと言えばイギリスの身勝手さなのである。

コールセンターで働くジャマールは
現代のインド人若年層の象徴

あなたはアメリカに出張中にバカンスで旅行に行こうと考えついた。

そこで飛行機の予約を取ろうと思い、航空会社に電話をかける。

「はい、〇〇航空のスティーブがお受けしております」

何も違和感なく受け答えし予約は完了。しかし、ここで話しているのは実はアメリカに住むスティーブではなく、イシャーンであるということには誰も気づかないだろう。

近年、欧米の大企業では社のコールセンターをアジアにおくというスタイルが定着している。人件費の安さ、英語話者の多さなどがそれらの要因としてあげられる。2010年以降世界一位の座はフィリピンに抜かれたものの、インドが未だ高い割合を占めていることは映画で表現されているあたり、明白である。

実はこのスティーブもといイシャーンくん、アメリカ人のためのコールセンターで働くために「アメリカ人」になるための教育を強制的に受けていることを知っているだろうか?

まず、インド人の青年たちはもちろんそのままの名前で、アメリカ人として対応することに難があるので仮の名前が与えられる。そして、アメリカの地理や歴史などの基本的な知識を学び、インド英語の独特の訛りを無理やり矯正し、基本的にはジーンズ着用で昼食はハンバーガーとコーラを摂ることが義務付けられる。そして実際にアメリカ時刻に対応するため、体内時計を自分がいるインドではなく、アメリカにセットする必要があるのだ。これができる者とできない者をふるいにかけ、できない者は退場という厳しい世界である。

彼らインド人のアイデンティティはどこへ?80年前に植民地として先進国に搾取された彼らは、未だに欧米諸国に搾取されつづけているといっても過言ではない。そんな過酷な仕事であるコールセンターのオペレーターたちの下でさらに彼らの下位で従事するお茶汲み係として働くジャマールは…欧米諸国のために辛い仕事を背負っているといっても過言ではないのではないだろうか?

あのクイズ番組
「who wants to be a millionaire ?」
もイギリス発祥!

(C)2008 Celador Films and Channel 4 Television Corporation

この映画をみた時に既視感を覚える人は少なくないだろう。みのもんたが出演者に対して緊迫した空気の中「ファイナルアンサー?」と聞くあのシーン。この映画をみた人は昔やってた日本のテレビ番組とリンクする部分があるだろう。

放送当時小学生にも満たなかった筆者の記憶に残っているくらいなので「クイズ$ミリオネア」は大体の日本国民に知られている番組なのではないだろうか。

実はこの「クイズ$ミリオネア」(英題:「 Who wants to be a millionaire ?」)は日本を含む70ヵ国を超える国々で人気を博した、現実世界の我々にも非常に身近な番組なのである。自分たちの人生から遠い世界で巻き起こる世界を経験するのが世に存在するあらゆる映画の楽しみ方でもあるが、この現実に存在する「クイズ$ミリオネア」を通すことにより妙なリアルさが加わるところが『スラムドッグ$ミリオネア』のミソである。もちろんこの番組は現実にインド版も作られ、そしてその初代司会の名はアミダーブ・バッチャン…有名なボリウッドスターで劇中第一問目の正解でもあった彼である。製作陣のちょっとした遊び心だろうか。

ところで先までインドと欧米諸国の関わりを説いてきたが何を隠そう、実はこの番組はイギリス発祥の番組なのである。

さあ、勘の良い人はもう気づいたかもしれない。「クイズ$ミリオネア」はジャマールの人生の転機となり、その後の人生を救ってバラ色にするものである。しかし、それはイギリスのもの…彼の人生を左右するのはいつも先進国の力なのである。

劣悪な環境で働かせ労働力を搾取する先進国としてのアメリカ、そして母親を奪い彼の人生をドン底に突き落とし苦労を強いてきたと思っていたら、彼の人生を救うのも結果的にはイギリスの資本なのである。そして、忘れてはならない、この映画を作り、ジャマールというキャラクターを実質的に操っているのもイギリスなのだ。

ここで最初の運命の話に戻ろう。冒頭の「It is written」は限りなくキリスト教的価値観が影響している。インドにはたった数%しかキリシタンはいないのに。やはりここからもジャマールの人生を書き定めているのはインドにはいない西欧的な「主」なのかもしれない。

「ファイナルアンサー」どう考える?

「『スラムドッグ$ミリオネア』の真意は?」

A. 結局インドの若者は先進国の力なしには幸せになれない

B. 最終的にはどんなに辛い人生も先進国が救ってくれる

C. イギリスが過去に行った行為は今もなお悪影響を及ぼしている

D. インドとイギリスは辛い過去があるがいつかは和解できる

物語は捉えようによってこの様に大きく変わる。自分の知識、今回は世界史の知識を駆使しちょっとドラマチックな考察をしてみた。ただストーリーを吸収するだけでなく、あなた自身の知識や経験から新たな「ファイナルアンサー」を導き出すのも映画の新たな楽しみ方の一つなのではないだろうか?

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解説『スラムドッグ$ミリオネア』(2017)

監督:
ダニー・ボイル

出演:
デーヴ・パテール、マドゥル・ミッタル、フリーダ・ピントー

インドの若者の数奇な運命を描いたヴィカス・スワラップによる小説『僕と1ルピーの神様』原作のイギリス製作作品。監督は『トレイン・スポッティング』などで有名なダニー・ボイル、主演はデーヴ・パテール。2009年第81回アカデミー賞では作品賞、監督賞含む8部門を受賞。インドを舞台にしながらポップな洋楽と多彩な映像、そしてラストはインド映画お決まりの楽しいダンスもある魅力的な作品。

 文・Minami
 絵・miharu kobayashi (@386_drawing)
編集・川合裕之(フラスコ飯店 店主)

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