「マジンガーの格納庫、作っちゃおう!」
小木博明が揚々と発するこのフレーズが記憶に残っているラジオリスナーは多いかもしれない。ここ数ヶ月、盛んに深夜ラジオのコマーシャル枠で宣伝されている(というかラジオ以外で宣伝されていたのを目にしたことがない)『前田建設ファンタジー営業部』。見てきました。
そして、これから「労働ポルノ」の話をします。
お前が動かしてるのは
おい!
お前は動かしてるのはパソコンじゃねえ
世界だ
『前田建設ファンタジー営業部』は空気階段の名作コント「電車のおじさん」で発されるキラーフレーズを2時間かけてリフレインするような映画だ。労働のなんと尊いことか、やりがいを持って働くことは素晴らしい、あなたの労働には価値がある……
映画を見終わったあと、ぼくはたいてい疲れている。スクリーンに投射された光の染みが描く人間模様を2時間近く座席に座って眺め続けるなんて、映画鑑賞という行為のなんと狂っていることか! 携帯はマナーモードになっているか、ポップコーンを凄腕の暗殺者のごとく音を立てず食べることができているかなど、様々な点に気を遣わなければならないので、単純に気疲れしてしまう。
だが、『前田建設ファンタジー営業部』を観たあとに身体に残った疲れは違った。例えるなら、それは「研修後の疲れ」だった。大学を卒業してすぐに入った企業でマナー講師に電話応対のロープレを強いられた後の感覚に、ひどく似ていたのである。
この映画は、一種の洗脳といってもいいかもしれない。
「働くことのなんと素晴らしいことか」というメッセージを、手を変え品を変え観客に突きつけ続ける。劇中、「マジンガーZの格納庫を作る」という意味不明なプロジェクトに上司の思いつきで巻き込まれた登場人物たちは、様々なきっかけから「やりがい」に目覚める。ある者は自社を応援してくれる人物との接触から、ある者は熱意ある同僚との関わりから、ある者は自社のプロダクトがもたらす影響の大きさから……。
映画を観終わった後、そして電話対応のロープレが終了した後、ぼくは強く感じた。合わない。どうしよう、全然合わない。きっと逆立ちしてもやりがいには目覚められない。まるで突き動かされない。びくともしない。
社会人は求められたことを「100点満点、いや、120点満点で返しまっせ」というパフォーマンスと実際の結果を出せば評価されるのであって、芯から染まる必要はないと、どこかで信じてしまっていたのである。だが、作中で描かれていたのは会社の理念を信じ、自分の仕事の高潔さに満足し、同僚と魂をぶつけあうのが善なる世界であった。
合わない。
どうしよう全然合わない。
労働ポルノ、の時代に
(C)前田建設/Team F (C)ダイナミック企画・東映アニメーション
あらゆる言説が若者の労働意欲の低下を憂いている。24歳、新卒2年目の「生産力」「ヒューマンリソース」として政治家にカウントされているぼくからすればうるせえ黙れ金を寄越して物価を下げろと騒ぎ立てたくもなるものであるが、実際、労働白書の表紙を開いてみると、2019年の調査では29歳以下の若者のワーク・エンゲージメント・スコアは30代~60代と比較すると格段に低い。また、企業規模で比較すると、従業員が20人以上50人以下がワーク・エンゲージメント・スコアが高く、1,000人以上の大企業が最も低い。
参考:https://www.mhlw.go.jp/content/12602000/000551611.pdf
実際の前田建設工業は2019年3月末でおよそ3,000人の従業員を擁する大企業である。そんな大企業の中で働く人々を描く本作が、「やる気のない社員が集められ」(起)→各々が壁にぶつかり(承)→やりがいに目覚め(転)→ハッピーエンド(結)とは、いかにも研修的ではないだろうか?
未だ労働讃歌を朗々と歌い上げる激ヤバ経営者とそれを討たんとする労働戦士たちが毎夜口撃を交わしあう各種SNS、またの名を地獄の淵を覗いてみると、「モーレツに働く社員」≒「労働賛美」≒「労働ポルノ」が盛んに叩かれている。
「あなたたちを採用したのはミスです」と新卒の研修で大声を上げる教育研修コンサルタント、山道を歩かされたり穴を掘らされたりする実業務とは関係のない謎の苦行などがいい例である。最近のコンテンツで言うと、『陸王』や『下町ロケット』といった「寝る間を惜しんで努力→プロダクトの成功」の構図ですら一部ではバッシングを受けているのである。
(C)前田建設/Team F (C)ダイナミック企画・東映アニメーション
『前田建設ファンタジー営業部』の舞台は2003年。全員がガラパゴスケータイを使い、Windows XPの起動音を聞いた時代を描いた本作は、2020年のディストピアを生きる観客の視線を耐えうるのか? 率直に記してしまうと、違和感を覚える人が一定の割合で居るはずだ。後述する女性社員の描かれ方しかり、舞台原作とはいえ癖が強い演技しかり、この映画は観る者を選ぶと思う。
(ここまでは少し強めの語り方をしてしまったけれど、いったんここで擁護を。つまらない映画というわけではないと思う。特定の分野に大きすぎる愛を傾ける人物(掘削大好きな劇団EXILE町田啓太、ダム大好きな六角精児)が活躍するシーンなどは『シンゴジラ』的で熱い。でかい愛はめちゃめちゃすごくて尊い。)
「やりがい」への目覚めの描写がお粗末
(C)前田建設/Team F (C)ダイナミック企画・東映アニメーション
『前田建設ファンタジー営業部』のレビューを漁ると、「2時間かかる企業のCM」と評するところを目にする。全くその通りである。「建設はまだまだ日本を元気にできるんだ!」と青空とダムをバックに言われましても……とは正直思ってしまった。もうこの「企業資本のCMっぽさ」「研修用動画っぽさ」「道徳の教科書っぽさ」はむしろアイロニーではないかと勘ぐってしまうほどである。
特に、先述したような、「プロジェクトに巻き込まれた社員がやりがいに目覚める」描写のお粗末さは、むしろやりがいレスな若者の姿を逆説的に描けていたのではないだろうか。上地雄輔はマジンガーZ大好きな警備員(ドランクドラゴンの鈴木)に握手を求められ、家で息子を抱きしめながらマジンガーZのDVDを眺め、「そうか……待ってる人が居るんだよな……」と格納庫の図面を引き始める。全年齢対象の描写があまりにも全年齢対象すぎて、老若男女が「???」となってしまわないか心配である。「若者がやりがいに目覚める姿」が思い浮かばないあまり、このような描き方をするしかないとしか思えなかった。そうなんです。目覚めるきっかけとかないんです。
ていうか上地雄輔がやりがいに目覚める描写は百歩譲るとしても、岸井ゆきの演じる女性社員の描かれ方は本当にどういうこと!?会議に専門用語が出てくると眠たくなってしまうキャラ付け、常にお菓子を片手に仕事している、挙げ句の果てに「仕事とかあんまりやる気ないけど、最初は全然キョーミなかったオタクっぽい男性社員になんか惹かれちゃった! その社員が掘削大好きらしい!すてき!やる気出ました!」……あまりに前時代的すぎる。
「掘削掘削〜〜〜!」じゃあないんだよ。
そしてその女性社員に声を掛ける男性社員も最悪である。「山田くん、うまくエモトさん(女性社員)のこと捕まえちゃったな」「山田くん(掘削大好き男性社員)との出会いはプライスレスだよね」……うるせえよ。そしてまたこのセリフを口にするのがおぎやはぎの小木博明であることも癪に障る。
もちろん、メガネびいきで実際に言いかねないからである。
同窓会には行けません
ごめん、同窓会には行けません。いま、シンガポールにいます。この国を南北に縦断する地下鉄を私は作っています。……本当は、あの頃が恋しいけれど、でも今はもう少しだけ、知らないふりをします。私の作るこの地下鉄も、きっといつか誰かの青春を乗せるから。
一時期、よくこのフレーズもよく耳にした。奇しくも(あるいは必然的に)同業種の建設会社、大成建設のCMには、私生活を犠牲にし「やりがい」に自分を埋める社員の姿が描かれている。
「良い企業」には、ある種カルト的な要素が存在する。「自身のプライベートを売っても、給与が低くても、「働きがい」を感じられればそれで満足!」……そのような狂気を保つ仕組みを構築しのし上がった偉大な企業はいくつか存在する。ディズニー(言わずもがな)、フィリップ・モリス(喫煙カルトとでも言うべき愛煙文化)、Apple(病的な管理体質)、枚挙にいとまがないほどだ。
では、この文章をここまで読んだあなたは?
あなたは染まることができる人間ですか?
労働と利益を共通の目的とする集団において、「労働礼賛」は避けられない。ぼくのような(そして先ほどの質問にノーと答えたあなたのような)人間は、どう振る舞うべきなのか。その答えには未だ答えられていないが、少なくとも、仕組みを知ることはできたと思う。組織を一つにまとめるために、レイヤーが高い人間は労働を尊きものと叩き込み、一定の割合の人々はそれを信じ込み、そして下層の人間に教育をほどこす。その時あなたはどこに居るだろうか?
おい!
お前は動かしてるのはパソコンじゃねえ
世界だ
あなたはほんとうにそう思えている? 思えているならなんと幸せなことか。けれど、思えていなくても別に良い。あなたの良識があなたの可能な範囲で労働の中に発露されるといい。あなたが起こした幽けき光が世界のどこかでいつか誰かの標になるかもしれないから。
解説『前田建設ファンタジー営業部』(2020)
監督:
英 勉
出演:
高杉真宙、岸井ゆきの、上地雄輔、小木博明 ほか
『前田建設ファンタジー営業部』は2020年公開の映画。監督の英勉は『映像研には手を出すな!』の実写化も手がけるとのことです。『行け!男子高校演劇部』、学校の授業で観た記憶があるのですが、なんでかしら。わいわいきゃあきゃあしている描写が印象的な監督です。
本作はWEBコンテンツ、前田建設ファンタジー営業部を映画化したもの。2003年、GoogleディスカバリーもSmartNewsもTwitterもない時代、WEBでコンテンツがバズる(なんて言葉もなかった)きっかけは、Yahoo!JAPANトップのヤフトピだったそうな。目利きの編集部が今読まれるべきニュースやコンテンツを一つ一つ読み手動で公開……現代に求められているWEBコンテンツのあり方って、なんかこういう感じなのかもしれませんね。知らんけど!
文・渡良瀬ニュータウン
編集・川合裕之(フラスコ飯店 店主)
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