閻魔大王も舌を巻くほど何枚も舌があるような人間なんだと思う。とてもじゃないが自慢できるほどの人格者ではない。
「川合さんホンマのことは言わんよね」
「あなたの趣味はなんですか?」
「私の趣味は映画を見ることです」
私にとって初めて会話する人との定番のやりとりだ。映画を見ることは面白い。当たり前だ。もちろん作品それぞれによって好みの差があったり、退屈に感じる作品もあるが基本的に全体として映画鑑賞という行為は楽しく、毎度ワクワクする。
でも時々フッと糸が切れたように映画を見る気が起きない時期がやってくる。映画を見ていることが当たり前になりすぎて、映画一本一本に対してのめり込むような感動や心からの「面白い」という感情を自分は本当に持っているのかわからなくなる。
え?? 本当に私って映画好きなの???
この文章は過去の私が抱いた映画に対する「面白い」という感情に真っ向から向き合い、「映画が好きな私」を取り戻す文章である。
「本当は甘いコーヒーが飲みたいのに、レジの店員さんに格好悪いと思われるのが嫌だから、飲みたくもないブラックコーヒーを買って、いつも後悔するんです」
飛ぶ鳥を落として焼いて食べるくらいの勢いで活躍しているお笑いコンビ、宮下草薙の草薙くんが、何かの番組でそんなことを言っていた。痛いほどに分かる。
趣味嗜好を人に暴くのは心の底から恐ろしい。「そういう人間なんだ」と一度思われたら、その引力からは二度と逃れられないような気がする。
自意識はオーバードライブするとどんどん悪い方向に働く。誰もそんなことは思わないはずなのに、自意識自身が「あなたは甘いコーヒーを買う人間なんですね、ははあ」と嘲笑する店員を自分の中に作り出してしまうのである。