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あなたとわたしの「記憶」定食

これもマスト?あれもマスト?

 世の中にはコンテンツの品数が多すぎる。

 どんなカルチャーを食べてよいかわからないと悩まないよう、フラスコ飯店が食べ合わせの良い「定食」を自信をもってご提案いたしましょう。ひとつのテーマに沿って映画・書籍・音楽……などなど媒体を横断した鑑賞セットを考案します。

今回のテーマは「記憶」。記憶は記憶でも、九九の暗記などの単純な記憶力の話ではなく、「誰かの存在を覚えていること、思い出すこと」に焦点を当てます。さらに今回は、「記憶」をモチーフにした作品の中でも、日常のとりとめのない場面に記憶の焦点を当てていたり、時間を超えた記憶を描いている3作品をセレクトしました。

「あなた」のことを覚えている。だからこそ「わたし」はここにいる。

あなたとわたしの「記憶」定食、召し上がれ。

お品書き

・小説『図書室』
・漫画『不滅のあなたへ』
・映画『A GHOST STORY』

『図書室』(2019)

誰かの「とりとめもないけど、たしかにそこにあった日々の記憶」をのぞく。するとその誰かの存在を生々しく感じられる。そんな体験ができる一冊です。

岸政彦さんの小説『図書室』には、2作の短編が収められています。表題作「図書室」は、ある一人の女性が子供の頃を思い出す物語。彼女はそこにあったもの、そこで起こったこと、そして、そこにいた人たちのことを想起していきます。その語りは、時間軸がはっきりとしておらず、断片的なものも多い。内容も子ども同士のしょうもない会話など、何気なさすぎて「よくそれ覚えてるな」というくらいのものもある。でも、だからこそ、その手触りは、いま私たちの目の前にあるかのように鮮明で生々しいのです。

彼女の語りを読んでいると、彼女や、彼女がよく通った図書室、そしてそこで出会った少年が、「あ、本当にそこにいるじゃん」と思えてくる。「記憶」という言葉で表しきれないイメージが、「物語」という言葉でわたしたちのほうに流れ込んでくるような、不思議な感覚を味わうことができる作品です。

もう一つの短編「給水塔」は、著者・岸政彦さんの自伝エッセイで、学生時代から暮らしてきた千林、我孫子、北新地といった大阪の町の「記憶」が記されています。肉体労働の現場での出会いや、空き巣被害にあったことなど、「生活の記憶」が朴訥と書かれています。この記事を書いている筆者も大阪出身ですが、20世紀の大阪の姿はほとんど知りません。そんな僕が読むと、知っている街の知らない時代を知ることができるし、かつての大阪を知っている人なら、より鮮やかにこのエッセイの中の風景をイメージして、さらに自分の中の記憶とも結びついて広げることができるでしょう。

誰かのことを「思い出す」という営み、そして「記憶」を抱いていまも生きている「わたし」の生活を照らし出す一冊です。

フラスコ飯店のブックレビューでも先月取り上げた作品です(岸政彦『図書室』—思い出すこと/思い出せないこと/思い出さないこと—)。表題の「図書室」の語りの特徴についてもっと深く切り込んだ内容になっているので、ぜひそちらもご覧ください!

『図書室』のレビューをここから読む

『図書室』
定職も貯金もある。一人暮らしだけど不満はない。ただ、近頃は老いを意識することが多い。そして思い出されるのは、小学生の頃に通った、あの古い公民館の小さな図書室――大阪でつましく暮らす中年女性の半生を描いた、温もりと抒情に満ちた三島賞候補作。社会学者の著者が同じ大阪での人生を綴る書下ろしエッセイを併録。

岸政彦
1967年生まれ。社会学者。著書に『同化と他者化――戦後沖縄の本土就職者たち』, 『街の人生』, 『断片的なものの社会学』(紀伊國屋じんぶん大賞2016受賞), 『ビニール傘』(第156回芥川賞候補、第30回三島賞候補), 『はじめての沖縄』, 『マンゴーと手榴弾――生活史の理論』など。今回紹介した「図書室」は第32回三島賞候補となった。

『不滅のあなたへ』

いつか別れなければならないのに、僕たちはどうしても出会ってしまう。その残酷な喜びと、誇らしい悲しみ。そんな皮肉な営みを丁寧に描いた漫画です。『不滅のあなたへ』は、2016年に京都アニメーション制作で映画化もされ話題となった『聲の形』の作者・大今良時さんが、現在週刊少年マガジンで連載している作品です。

この物語の主人公は、「不死身の生命体」であるフシ。フシは最初、ただの球でした。次に無機物の岩に、その次に動物の狼に、そして人間の少年の姿になります。というのも、フシは「自分に刺激を与えたものを記憶し、その姿を再現できる」という不思議な能力をもっているのです。痛覚などの物理的な刺激によって、岩や弓矢といった物体を再現して作り出すことができる一方で、精神的な刺激もフシが対象を記憶するトリガーとなります。

少年の姿になったフシは、次第にたくさんの人間たちと出会い、人間らしく生きていくようになります。しかし、出会いがあれば別れもあるのが世の定め。不死身のフシには、普通の人間の何倍もの別れが訪れます。そして皮肉なことに、心を通わせた相手が死ぬと、その人の姿になれるようになるのです。これは「悲しみ」という精神的な刺激がフシを襲ったから。フシは人と出会うことの喜びと、別れの悲しみに葛藤します。

そんなフシを襲ってくる敵が現れます。フシが獲得した「記憶」を奪う、それが敵の目的です。出会った誰かについての記憶を奪われるということは、その人のことを思い出せなくなるということ。大切な人と出会っていたような気がするのに、思い出せない。フシは記憶を取り戻すため、大切な人たちと「出会ったこと」を取り戻すため、ノッカーと戦っていきます。

死ねないって、怖い。目の前をあまりに多くの時間が流れていくのを、ずっと見ていなければならないから。作品中でも、時間は不均一に流れていきます。数コマで何十年が流れることもあれば、数ヶ月の出来事を何冊にもわたって描くこともある。「不死身」の存在が経験する時間を超えた記憶が、漫画という表現形式で描かれることで、リアリティを持ったまま、わたしたちが想像できないような場所に連れて行ってくれるような感覚を味わえます。

『不滅のあなたへ』(2016~)
何者かによって“球”がこの地上に投げ入れられた。情報を収集するために機能し、姿をあらゆるものに変化させられるその球体は死さえも超越する。ある日、少年と出会い、そして別れる。光、匂い、音、暖かさ、痛み、喜び、哀しみ……。刺激に満ちたこの世界を彷徨う永遠の旅が始まった。これは自分を獲得していく物語。

大今良時
2008年、第80回週刊少年マガジン新人漫画賞に投稿した『聲の形』で入選。2009年より「別冊少年マガジン」で冲方丁の同名小説を原作とする『マルドゥック・スクランブル』の連載によりデビュー。2013年、入選作品をリメイクした読み切り『聲の形』が「週刊少年マガジン」に掲載された後、同作の週刊連載が開始。同作は宝島社「このマンガがすごい!2015」オトコ編第1位や第19回手塚治虫文化賞新生賞を受賞するなど各方面で話題を呼んだ。

『A GHOST STORY』(2017)

最後は、残された妻を見守る、あるひとりの「幽霊」の物語。「何気ない日常」へ注目し、さらに「時間を超えた記憶」も描写する傑作です。

不慮の事故で亡くなった夫は、シーツ姿の幽霊となって旧家に戻ります。あるひとつの、とてもささやかな目的の達成のため、幽霊は時間を超えてそこに存在し続けます。

物語構成で特徴的なのは、時間表現。前半は残された妻の姿を、ゆったりとした長回しで見せます。彼女がキッチンの床に座り込んで黙々とパイを食べるシーンは、夫を亡くした悲しみを観客の心の深くに伝えてきます。ワンカット・長回しのそのシーンを見て、「あ、これ、絶対いい映画だ」と確信し、それは間違いではありませんでした。

後半は、旧家の場所に留まり続ける幽霊が経験する長いながい時間を、断片的なシーンの接合で表現します。妻が去った後、その場所にやってくる人たちの何気ない生活の場面が描かれます。幽霊の目から見た、生きている人たちの日々の営みから、あなたはどんなメッセージを受け取るでしょうか。

物語だけでなく、視覚も聴覚も常に切なく刺激してきます。まず画面は、通常の映画に比べると横幅が狭く、正方形に近い1.33:1というアスペクト比が採用されています。その理由について監督は、現代のテレビなどで見慣れた横長のサイズではないことで、見る人ごとに違った視覚体験ができたり、昔の写真のようにも見えてノスタルジックな雰囲気も伝わりやすいことを挙げています。過去に執着する幽霊を描くにはもってこいというわけです。

ダニエル・ハートが担当した音楽も印象的。生前の夫はミュージシャンで、彼が作った楽曲も彼ら夫婦にとって象徴的な意味合いを持っています。全編を通して静かな作品ですが、だからこそサウンドトラックの持つ効果は大きく、情趣に満ちています。

2017年にアメリカで製作され、日本では2018年11月に公開されました。それほど大規模で上映されていたわけではないようで、まだ見ていない人も多いかも。シーツ姿で一人佇む幽霊の姿に心惹かれてしまった方はぜひご覧ください。

(c)2017 Scared Sheetless, LLC. All Rights Reserved.

『A GOHST STORY』(2017)

監督:デヴィッド・ロウリー
出演:ケイシー・アフレック、ルーニー・マーラほか
配給:A24

参考文献

岸政彦『図書室』|新潮社

『不滅のあなたへ(1)』大今良時|講談社コミックプラス

『ア・ゴースト・ストーリー』:デヴィッド・ロウリー監督インタビュー – i-D

   文・安尾日向
  編集・川合裕之
イラスト・くどうしゅうこ

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