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おつかれアベンジャーズ特集 フェーズ1(2008~2012):後を引くテロとの戦い。大いなる力には大いなる責任が伴う。

Caution!
この記事にはMCUシリーズのあらすじ程度のネタバレが含まれています。

10年も続いたエンタメをいま俯瞰して振り返ると、当時の社会の様子をも思い出すことができるかもしれない。

MCUでヒーローたちが戦った敵の姿は、その時代の社会の課題と重なるのではないでしょうか? そうした仮説のもとMCU作品を振り返ります。今回は、2008年から2012年のフェーズ1の敵にフォーカスを当てて読み解いていきます。

▷特集フェーズ②:それは本当に正義?
▷特集フェーズ③:トランプは僕らの心の中に

フェーズ1の敵は絶対的な悪

MCUフェーズ1での敵は、従来的かつ古典的な絶対悪です。私欲に溺れたヴィランが武力行使に走るパターンがほとんどでした。

たとえば『アイアンマン』(2008)の敵は中東の持つ勢力です。これに対して同情を誘う描写は一切ありませんでした。一方的に絶対的な悪として描かれます。また『アベンジャーズ』(2012)の最大の苦難は宇宙から来たチタウリ軍による一方的な侵略行為です。これに対してヴィランへの同情の余地はありません

2011年にキャプテン・アメリカが対峙するのは、その後のシリーズでも幾度か名前を出すヒドラという組織。もはや10年近く前の映画なのでこの組織の存在自体を忘れている人も多いかもしれませんが、彼らはナチスから派生した組織という設定です。ナチスは、10人に聞けば10人が首を横に振るような絶対的な悪。実社会においても名前を出すことすら憚られる存在です。

このように、フェーズ1では身の危険を脅かす許されざる絶対的な悪と戦ってきました。フェーズ3ではヴィランにもヴィランの立場がある、というような描かれ方をされることもしばしばでした。しかしフェーズ1においてはそのような両面性を描くことはなく、悪者は悪者だから悪いのだという論理でストーリーが展開してきました。

『アイアンマン』に潜む中東

ここで思い出しておきたいのが、1作目の『アイアンマン』(2008)です。

アフガニスタンの兵士たちに砂漠で襲われ、拉致されたトニー・スタークは、極限状態の中でアイアンマンスーツを開発して九死に一生を得るのですが、この事件を期に彼は自身のキャリアに疑いの目を向けます。兵器を提供する戦争ビジネスから決別するのです。

言うなれば『アイアンマン』(2008)の敵は、殺戮兵器を利用する中東の勢力、それを作った自分自身、そして中東勢力に内通して軍事産業にコミットする筋肉質の悪漢オバディア・ステインです。これはもう明らかに中東とアメリカの話を前提にしています。示唆する、とか暗喩する、という遠回りな表現をするまでもありません。

https://eiga.com/movie/53456/

当時の2008年前後のアメリカと中東はどのような状況だったのでしょう?少し振り返っててみましょう。

テロと戦う国、アメリカ

MCUがスタートする2008年以前から簡単に振り返ります。

9.11の惨状

こじれにこじれきった中東問題の最悪の結末として2001年に9.11同時多発テロが発生。ニューヨークの世界貿易センタービルめがけて飛行機が突入したのです。 “あの” 衝撃的な映像と死者3,000人以上という絶望的な数字に世界は大きく混乱し、結果としてアメリカ国内のみならず世界中が結束することになります。犠牲者の死を悼み、そして史上最大の戦争が勃発してしまうことを皆が恐れていました。

明確な敵意

9.11のすぐ翌日に国連は「テロの脅威に対しては個別ないし集団的自衛権がある」とする安保理決議を採択。アメリカはテロの実行犯が所属していたアルカイーダ、その首謀者のビンンラディン、そしてそれをかくまうアフガニスタンのターリバーン政権を攻撃対象に定めます。翌月10月7日にはアフガニスタン戦争の火蓋が切って落とされました。そんな当時のブッシュの支持率はなんと90%を記録(あのブッシュが……!)しています。国全体が中東へリベンジすべく鼻息を荒立てていました。

ブッシュは非常事態宣言を発表したその瞬間から絶えず強硬姿勢を貫き、世界各国がその背中を見つめます。

外敵が玄関先までやってくる

9.11 がそれまでのテロと違うのは、アメリカ国民に「外敵がこちらに直接危害を加えてくる!」と強く意識させたことです。それまでの中東勢力は、自国で武力行使することはあっても、アメリカ本土に直接手を挙げる例ははなかったのです。たしかにテヘランの在米大使館やベイルートの海兵隊兵舎など、80年代ごろにもアメリカの施設は攻撃を受けていますが、それらはすべて中東の中の出来事でした。

しかし、9.11ではその矛先がアメリカに向けられました。「中東勢力はアメリカを攻撃する」という恐怖と、それに由来する敵意が国民を団結させる輪郭となります。中東を飛び出してアメリカにまで火花が舞うようになるのは正確には90年代以降、あるいは湾岸戦争以後というべきですが、大きな目印となるのはやはり9.11 でしょう。「テロ=(異文化圏の理解不能、かつ絶対的な外敵)」との負けられない戦いがあり、それに対して結束して立ち向かわねばという風潮を、9.11同時多発テロが確かなものにしました。

TM & (C) 2012 Marvel & Subs.

このような文脈を踏まえて考えると、『アベンジャーズ』(2012)の敵が宇宙から飛来する未知の外敵チタウリ軍であったこともどこか腑に落ちます。結束してテロへ復讐(avenge)するアメリカと世界のその様が描かれているような気がしてなりません。

あの時アベンジャーズが戦った戦場は、奇しくもニューヨークでしたから。

テロと戦い疲れた国、アメリカ

9.11の血をアフガンの血で洗う。報復のアフガニスタン戦争ですが、実は40日足らずで終結することになります。しかし、2001年以降も戦火が消えることはありません。むしろあの悲惨な同時多発テロの記憶と、その後のアフガンでの成功体験が戦争を支えます。

アメリカは世界中のテロリストを打倒する――のちに「グローバルな対テロ戦争」と呼ばれる――とブッシュは9.11直後の演説の場で宣言します。さらに翌年2002年に発表されたブッシュ・ドクトリンではアメリカを脅かす恐れのある国に対する予防攻撃の可能性を示唆するのです。

「予防攻撃」とは耳慣れない言葉ですが、この文章を読んでくれている人にはこう説明するのが一番かもしれません。人類に今後被害をもたらす “かもしれない” アベンジャーズの抹殺を試みる人工知能ウルトロンのあの発想と同じです。

強硬的な姿勢を保ったままあらぬ方向へと走り続けるブッシュ政権。しかしのその勢いで挑むイラク戦争は悲惨なまでに泥沼化するのです。

イラク戦争のはじまりと終わり

2003年、国連が良い顔をしないでいるの知りながらもアメリカ率いる有志連合軍がイラク戦争へと踏み切ります。大量破壊兵器を持つイラクをこのまま放ってはおけない、というのがこの戦争の当時の大義名分でした。

(注)余計なお世話かもしれませんが、私たちの住む日本もこれに加担したことは忘れてはなりません。当時の小泉首相はアメリカの支持を表明し、2004年には非戦闘地域に限り自衛隊を派遣する「イラク特別措置法」が成立。人道支援という名目で自衛隊がイラクに出向いています。

バグダッドへの侵攻はすんなりと進み、フセイン政権は無事に転覆。実は現地でもフセイン政権への支持や評価は低かったのです。たったの42日間の戦闘でイラク戦争はピリオドを迎えます。しかし、ここからが長かった。ブッシュ政権によるイラク戦後処理が大きな波紋を呼びます。民主化した制度は機能せず、かえって治安が悪化。汚職が蔓延し、経済も良くなりません。2006年には内戦状態に。宗派の対立が焚きつけられてしまいます。

イラクには反米感情が沸々と湧きあがり、アメリカ側も死者数を伸ばす結果となります。2007年末時点におけるイラクに駐留するアメリカ人兵士の死者数は、あの9.11の犠牲者数をついに上回ったという報道がアメリカ国民の心を揺るがします。このまま戦争を続けてもよいのだろうか。この時すでに「そもそも大量破壊兵器はなかった」という取り返しのつかないような事実が発表されています。

イラク戦争って、誰のための何なんだ。

世界中のテロと戦うと腕まくりをして息巻いたアメリカでしたが、5年以上の月日の中で、すっかりと消耗して疲れてしまったのです。アツかったのは予告編だけの愚かな映画の退屈なエンドロール。その最後にお楽しみの映像があるのかどうか、観客はもう誰も期待していません。

2006年から続いた内戦状態は、2008年ごろにようやく終息の兆しを見せます。この2008年はブッシュの支持率が戦後最低の19%まで下がり、不支持はというとなんと76%にまで上る記録を残した年です。そして民主党のバラク・オバマが新たな大統領に選ばれた年でもあります。戦争に疲れたアメリカは新たなヒーローに思いを託すのでした。

そんな2008年の5月(オバマが当選する半年前)に、『アイアンマン』が全米で封切りとなります。テロは許せない。しかし、正義を気取って怒りをぶつけても何も良いことはなかった。といった苦い後味が漂う時期にMCUはスタートしたのです。

よどんだ空気の中で

軍事産業に従事してきた過去の自分を悔い、ヒーローに生まれ変わろうとするアイアンマン。『アイアンマン』という映画で見せたトニースタークの正義感と自責の念は、当時のアメリカの疲れと相似関係にありました。

いつ誰の手で起こされるかわからないテロという絶対的な悪に対して、決して妥協することなく立ち向かわなくてはならない。かといって、竹を割るように解決できるわけでもない。そんな気の抜けた疲労感です。

ドラッグスキャンダルでキャリアにキズがついたロバート・ダウニー・Jr に、このチャラついた不遜な男トニー・スタークの役があてがわれたということも大きいでしょう。彼の演じるスタークは、面白おかしく楽しみながらアイアンマンのスーツを製作します。そんな彼を見ていると、正統派ヒーローを応援するというよりかはむしろ悪友といたずらを共犯するような気持ちにさせられてしまいます。正義感に滾ったヒーローというよりかは、ニヒルにだらけた空気感が心地よく、正しさを押し付けられるしんどさから観客を解放してくれました。

大いなる力には……

テロのような人命にかかわる戦争状態は、たしかに解決すべき問題です。そのように認識しながらもしかし一方で世界はこの戦争状態に辟易としていた――というのが2010年前後の空気です。

紛争やテロでの死者数はその後も増え、武力行使そのものが見直されつつあったのです。そうはいってもオバマ政権になった途端に軍事的な動きがまったく停滞したわけではありませんし、時には2011年にアルカイーダの首謀者たるビンラディンの殺害を指示するなど、必要と信じた懲悪には揺らぎがありません。

いわゆる自警団の是非。MCUが『アイアンマン』を公開した2008年にはクリストファー・ノーランの『ダークナイト』が公開されています。同様に悪を悪とみなして裁きたいという欲求を抱えながらも、一方で、みずからの正当性を問うわけですね。

『アイアンマン2』(2013)でスタークは政府に兵器としてのアイアンマンスーツの引き渡しを要求されますし、『アベンジャーズ』(2012)では外敵の攻撃から地球を守るために核兵器のボタンが押されてしまいます。

アイアンマン、キャプテンアメリカ、ハルクといったヒーローの1作目の単体作品のヴィランは、ヒーローとまったく同質の能力を持っていることにも目を向けるとこの矛盾がより際立ってきます。強大な力は、毒にも薬にもなりうるのです。

あの映画の名言を借りるならば、 “With great power comes great responsibility”. 大いなる力には大いなる責任が伴うのです。世界の警察、つまりヒーローであることにいささか嫌気がさしたアメリカですが、だからこそ、この課題に向き合ってくれるヒーローが必要だったのかもしれません。そしてこのテーマはフェーズ2以降へも引き継がれていくのです。

This kiji will return.

フェーズ②の考察へ続く!

特集フェーズ②(2013~2015):
それって本当に正義でしたか?

フェーズ2の特徴は、従来の「正義」に疑問を抱いた者たちが敵に転じているということです。たとえば『アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン』(2015)は、トニー・スタークが生み出した人工知能ウルトロンがアベンジャーズに反旗を翻す、というお話でした。正義を名乗り武力を振り回すアベンジャーズこそが人類に対して不利益をもたらしているのではないか?と世界の警察に対して鋭い眼差しを差し込みます。

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   文・川合裕之
  編集・安尾日向(@__sorekara
イラスト・サイトウアケミ(@pinao3110

【参考】
酒井啓子『9.11後の現代史』(講談社現代新書, 2018年)

末近 浩太 「中東で民主主義が定着しない「本当の理由」~イスラームをめぐる2つの問題について」現代ビジネス 2016.5.19
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/48643

Brad Gullickson “‘Iron Man’ is Marvel’s Villain Problem” FILM SCHOOL REJECTS 2019.1.5
https://filmschoolrejects.com/iron-man-marvels-villain-problem/

Hazel Sands “The Politics of Identity in the Marvel Cinematic Universe” 2017.4.2
https://medium.com/@hazelasands/the-politics-of-identity-in-the-marvel-cinematic-universe-e765c41d2b6d

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