10年も続いたエンタメをいま俯瞰して振り返ると、当時の社会の様子をも思い出すことができるかもしれない。
MCUでヒーローたちが戦った敵の姿は、その時代の社会の課題と重なるのではないでしょうか? そうした仮説のもとMCU作品を振り返ります。今回は、2016年から2019年のフェーズ3の敵にフォーカスを当てて読み解いていきます。
Caution!
この記事にはMCUシリーズのあらすじ程度のネタバレが含まれています。
▼特集フェーズ①:
後を引くテロとの戦い が見え隠れしている?
▼特集フェーズ②:
それって本当に正義でしたか? を真剣に考える。
そこかしこに物語が生まれたフェーズ3
年に2度はマーベル映画を。MCUはすっかりみんなのお祭りになりました。
フェーズ3に差し掛かるあたりで、世間の観客はMCUのシステムに完全に順応します。「クロスオーバー」が当然のこととして受け入れられていくのです。『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』(2016)で突然スパイダーマンが突然現れても、もうほとんどの観客は驚きません。
(C)2016 Marvel All rights reserved.
この下地を利用して、MCUも一気にドライブします。たとえばフェーズ3の1作目であるシビル・ウォーの公開は2016年。このプロジェクトのトップバッターの『アイアンマン』からすでに8年が経っています。それぞれのキャラクターやストーリーが長年培われた文脈を帯びています。
それにより、説明不要な部分が増えてきます。普通であれば10分も20分もかけて説明しなければいけないことを、たったのワンカットやセリフひとつで済ますことができます。特にMCUは、刺激的なアクションシーンで「どんなヒーローか?」「どんなキャラクターか?」「どんな人間関係か?」を楽しませながら見せることに長けています。
(C)Marvel Studios 2017
となると、2時間の中で使える時間が増えます。この余白を利用して、新たに登場するヴィラン(悪役)のバックグラウンドまで深く掘り下げることが可能になったのです。どころか、どんな端役にも物語が与えられます。MCUは「どんな端役にもこの人なりのドラマが……?」という想像の余地を観客へ与えました。
「別の立場からの正義」
(C)Marvel Studios 2017
フェーズ3では、ヴィランたち悪役の人物像がくっきり描かれることによって、正義の反対は悪ではなくまた別の正義なのだと雄弁に語る作品が多くなってきました。これについては既にたくさんの評が国内外で発表されている通りです。
『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』(2016)では、ヒーロー同士での見解の相違による分裂がテーマです。また『ブラックパンサー』(2018)のヴィランであるキルモンガーは、ある側面では非常に理性的な主張をぶつけています。
彼らの言い分もまた、わからなくもないと考えた観客は多かったのではないでしょうか。
(C)Marvel Studios 2018
『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』(2018)のサノスも例外ではありません。種を存続させるために人口を無作為で半分に調整する。このサノスの考えは、マルサスの『人口論』に著しく類似しているという指摘がネット上で話題になりました。「無作為」というのがこの議論の肝です。サノスの行動は私怨ではなく彼なりの社会正義に基づいた裁きという側面が強調されています。サノスの体格が次第に小さくなってきているのもこれを語る上で重要な事実です。絶対的な悪役としての機能から脱却し、等身大の人格として描き直されていると考えることができます。
たとえば、『ガーディアンズ・オブ・ザ・ギャラクシー2』(2017)は、スター・ロードが自身の実の父親と敵対してしまうというウェットな作りになっています。このような点からも、「視点を変えれば味方にも感じられるような敵たち」という両面性が伺えます。
さらに例を重ねましょう。『ドクター・ストレンジ』(2016)の物語構造は、単発ヒーロー1作目ということもあってか、どちらかといえば簡易的な勧善懲悪であると言わざるをえませんが、エンドロールでは新たな分断が生まれる今後の展開を予告します。「敵」という切り口の本筋からは少し逸れてしまいますが、このドクター・ストレンジの世界観は西洋の科学的なものから、東洋アジアの非科学的なものへと180度転換しているということも見逃せません。単なるオリエンタリズムだと一蹴されてしまえばそれまでですが、西洋ファーストの価値観とは別の可能性を示し、それを容認する姿勢を示したと筆者は感じました。
また、フェーズ3に突入する直前の『アントマン』(2015)は、前科持ちのスコット・ラングがまたも泥棒稼業に手を染めることから物語が始まります。娘を気にかけ、奮闘しながらアントマンとして活躍します。社会的な弱者にも普通の人と変わらない家族や生活といったストーリーがあり、そして彼らもまたチャンスさえ掴めばヒーローになれるのだという話だったのです。
もちろん、スパイダーマンも忘れてはいけません。彼が最後に対峙したヴィランは、狙っていた憧れのあのコの父親。彼にも家族があり、生活があるのだという切実な事実にピーターは葛藤しながら死闘するわけです……。
世にも奇妙な不寛容と排斥の世界
脅威には立ち向かわなければならない。しかし己の正当性も確かではない。大儀を胸に抱き大敵と戦ってきた時代は、次第に終焉を迎えます。行き過ぎた個人主義とポピュリズムが暴れ、時に歯止めが効かなくなってしまうのです。
誰にでもわかりやすく煽情的な物言いで、主に白人貧困層を中心に大きな支持を得た人物が米国の大統領になってしまったことがその最たる例でしょう。そう、2016年にドナルド・トランプが大統領に就任したのです。偶然にも同じく2016年はMCUがフェーズ3へ突入する年でもあります。短絡的な不満を過激に噴出することにブレーキを握らなくなったのはアメリカだけではありません。中東諸国からの多くの移民がヨーロッパへ流れますが、これを到底受け入れきれないとして反発する大小の声が後を絶ちません。
シリア空爆を簡単に決行する一方で、自国の利益にならない行為は避けて通ります。世界のために!と躍起していたブッシュのころとはまた違います。
2014年ごろからはISISの動きが過熱。「イスラーム国」という名前とは裏腹に、彼らは必ずしもイスラム教徒であるとは限りません。イスラーム国の名を借りた爆発がそこにありました。130名もの死者を出した2015年11月のパリ同時多発テロも、2016年6月に発生し49名が死亡したフロリダの銃乱射事件もイスラーム国の大義を借りたものでした。
【参考:その他の事件】
・ 2016年3月ブリュッセル連続テロ(ベルギー)
・2016年6月アタテュルク国際空港襲撃事件(トルコ)
・2016年7月バグダッド自爆攻撃(イラク)
・2016年7月ニーストラックテロ事件(フランス)
日常生活が困難になった不満が、ISISの名を借りた暴力として表出するのです。大儀なき悪意の蔓延。またはニヒルな破壊行為です。いつしか悪意の単位が小さく小さくなっていきます。思想と思想、宗教と宗教、国家と国家――といった対立はもはや歴史の中だけのものになりつつあります。ひとつの思想やイデオロギーを共有した複数人が悪意をするのではなく、それぞれがそれぞれの苦しみを抱えるようになるのです。
(さて、ちなみに日本はどうでしょうか……?)
もともと誰しもがダークサイドに転じる可能性はありますが、その可能性がぐんと底上げされてしまいます。私たちは、経済的ビハインドや差別をなにも我慢する必要はありません。我慢という発想すら生まれないのが理想です。そんな理想を理想で終わらせないために声をあげる必要があります。しかしながら、やり方を間違えてはいけません。結局自分を虐げていた側の人間と同じような過激で辛辣な手段に「堕ちて」しまっては、いつまでたっても理想の世界は実現しないのです。
しかし、困ったことに今の世の中は「堕ち」やすい世の中になります。「堕ちてもいいんだ!」と不寛容に寛容な声が沸き立ってきたのです。
もちろん、すべてのひとたちがダークサイドに「堕ちる」わけではありません。この風潮に抗い、これまで救われなかった者たちを排斥せずに新たな拠り所をつくって提案しようというリベラルな思想が支持されてゆきます。
MCU映画の中で例を出すなら、それがGotGの「船」という血縁に限定されない家族の形であり、社会的に失敗してもチャンスを与えられたアントマンの姿です。ブラックパンサーのラストでも語られるように、「賢者は橋を架け、愚者は壁を造る」のです。
誰しもが心の中にヴィランの種を抱えていることを描き、されども不寛容の悪へと転じてしまわぬよう観客を導きます。誰もが抱える心の闇と戦うことを強いられているのです。
たとえば『アベンジャーズ/エンドゲーム』(2019)でも、己のビジョンの失敗を憂いたサノスが、宇宙人口を半分どころではなく全滅させて、それから宇宙を再構築させようと躍起になります。自分の望む世界のためのエゴイズムです。
そんな心の闇に負けないようにと私たちを支えて励ましてくれたのがフェーズ3のマーベル作品だったのです。敢えて許さないものがあるとすればそれは不寛容と排斥。多様性を尊重し、不寛容と排斥には徹底して異を唱える。これをエンターテイメントの中で体現していたのです。
【この特集の別の記事】
▼特集フェーズ①(2008~2012):
後を引くテロとの戦い が見え隠れしている?
▼特集フェーズ②(2013~2015):
それって本当に正義でしたか? を真剣に考える。
文・川合裕之
編集・和島咲藍(@medetais)
イラスト・サイトウアケミ(@pinao3110)
【参考】
吉見俊哉『トランプのアメリカに住む』(岩波新書, 2018年)
エマニエル・トッド『グローバリズム以降』(朝日新書, 2016年)
水島治郎『ポピュリズムとは何か』(中公新書, 2017年)
JASON PARHAM “BLACK PANTHER IS ALL A SUPERHERO MOVIE CAN BE, AND MORE ” 2018.02.16 WIRED US
https://www.wired.com/story/black-panther-review/
ANGELA WATERCUTTER “ WHAT BLACK PANTHER’S SUCCESS MEANS FOR THE FUTURE OF MOVIES” WIRED US https://www.wired.com/story/black-panther-box-office-hollywood/
みやーん 「2018.3.6 火曜日18:03 放送ログ 音声あり 【映画評書き起こし】宇多丸、『ブラックパンサー』を語る!(2018.3.10放送)」 TBSラジオ
https://www.tbsradio.jp/233387