Te wo Arai mashou.

耳が覚えているあの映画 #2『トレインスポッティング』

クラブやライブハウスでトランス状態になったことはあるだろうか。ぼくは何度も経験したことがある。もちろんNOドラッグで!お酒と音楽の相性の良さは侮れない。

どこかへ連れて行かれる感覚だ。

特にクラブで流れる四つ打ちテクノミュージックは時間の感覚が伸び縮みしているようにも感じるほど思考から冷静さを抜き取っていく。

中でも『Trainspotting』(1996)のエンディングとしてあまりに有名な四つ打ちクラブミュージックの大定番はまさにそのトランス状態を作り出すために作られたような楽曲である。

トランス状態で「ここではないどこか」へいってしまいそうな感覚と、ドラック中毒の主人公マーク・レントンの劇中最後の行動は皮肉にもマッチしている。薬物を断ち、友達を裏切り、自分のことを誰も知らない土地へ逃げ出す瞬間にこの曲が流れるからだ。「ここではないどこか」へ旅立つあのシーンが彼の鼓動の音のようにも聴こえる。『Born Slippy.Nuxx』(1995)はなぜ何度聴いても高揚するのだろうか。そしてどのようにして、あのサウンドが『Train spotting』(1996)の最後のシーンにマッチするのかを考えてみよう。

解放と閃きのシンセサウンド

『Train spotting』ラストシーンの直前、ドラッグディーラーから騙し取った大金を手にしたレントン、シックボーイ、ベグビー、スパッドの4人はバーで祝杯をあげる。しかし、喧嘩っ早いベグビーは他の客と口論になり相手を血だらけにしてしまう。取り乱すスパッド。ことを収めようとするシックボーイ。

IMdbより

しかし、レントンは動かない。ベグビーに背を向けながら表情ひとつ変えずに大金の入ったボストンバッグを睨み付けているようにも見える。ベグビーは主人公レントンにタバコを要求するが、レントンはそれでも動かない。怒鳴るようにベグビーが再度タバコを要求すると、仕方なくレントンは立ち上がりベグビーのそばまでゆっくりと足を運びタバコを差し出す。

ベグビーはタバコを受け取らない。これまで腕っぷしで上下関係を見せつけてきたベグビーの威圧に服従するようにレントンは自分の口を使ってタバコに火をつけ、火のついたタバコをベグビーに手渡す。ベグビーは大きく煙を吸い込み、そしてレントンの顔に煙を吹きかける。煙がレントンの顔に触れた瞬間にあのBGMが入ってくる。

IMdbより

そう、ここで流れるのがUnderworldの『Born Slippy.Nuxx』である。煙と肌の接触をきっかけにディレイのかかったシンセコードが入ってくるあのカットはまるでミュージックビデオのような表現手法だ。そしてそのサウンドと煙のゆっくりと漂い消えていく動きがまた抜群にマッチしていて観ているものの視覚と聴覚を同時に引き込んでいく。

ここでのぼくの感じる楽曲のイントロ部分の印象は、レントンの「解放と閃き」である。

ドラッグ中毒で、社会からの信頼もない。学歴もなければ金もないレントンが、唯一大事にしてきた「友達」を初めて本気で疑う瞬間である。心の重荷を一旦おろす。その覚悟を決めたような、そしてその先の逃亡劇を閃いたような。そんな印象である。

「こんな生活をいつまで続けるのか、こんな友達といつまで馬鹿なことを続けるのか」

IMdbより

そんな疑いを抱きながら赴くままに暮らしていたレントンが、初めてその生活から抜け出すことを本気で考え始める。ベグビーにタバコの煙を浴びせられたあの瞬間にレントンは閃き、そして解放へと向かうのだ。ディレイシンセのサウンドはレントンが閃いた “音” であり、そのコード進行はレントンの心が解放されていく “音程” のように聴こえる。

冷静と高揚のハイハット16ビート

そしてシーンはカットチェンジ。大金の強奪とその後の祝杯で酔い疲れて眠っている4人のホテルの一室。しかし、レントンの目は冴えている。寝静まった3人の友達から大金を奪い、逃亡することを決心する。レントンはゆっくりと体を起こし鏡に写る自分の顔をじっくりと見つめる。冷静に、自分がシラフであることを確認するように。

IMdbより

BGMはさっきのシーンから引き続き『Born Slippy.Nuxx』のイントロ部分が流れている。レントンが鏡を覗きながらコップ一杯の水を飲み干したあたりで、16ビートのハイハットが刻まれ始める。高揚の始まりだ!初聴の人にとってはこの楽曲が実はアップテンポであることがここで初めて明かされる!

しかも、ハイハットが入ってくる以前まで流れていた煙のような解放的なシンセサウンドは、全音符だけで構成されていて、ディレイタイムは二泊三連でフィードバックしている。つまり、ひとつづつのフレーズがどんなテンポで奏でられているのかがわかりづらく構成されているのだ。

そこにこのハイハットが入ってくることで楽曲の「アタマの拍」が明らかになると同時に、これから始まるビートがアップテンポであることを予感させる!次に始まる曲の展開に心は踊る準備を始める!そんな期待を抱きながらも、頭はまだ冴えていて、冷静を保っている。トランス状態直前「ここではないどこか」へ飛び込むための準備はととのったといったところだ!

「いけ!レントン!奪うんだ!」と、本当に何度見てもドキドキする。

そしてその直後、レントンが眠っているベグビーの抱えるボストンバッグに手を伸ばした瞬間、この楽曲の最初にしてMAXボルテージを叩き出す展開がやってくる!

そう!四つ打ちのバスドラムだ!

核となる鼓動のようなバスドラム

ここで、バスドラムが入ってくる前に楽曲のサウンドをもう一度じっくり聴いてみて欲しい。

長くのびる浮遊感のあるシンセに細かく刻むハイハットが入った時に、ちょうど芯のある骨太な四つ打ちのバスドラムがスッポリと入る幅が存在することに気がつかないだろうか!

このスッポリ入る感覚を少し説明すると、楽器が奏でる音にはイコライザー(EQ)という音域をつかさどる概念による音の住み分け、分布がされている。その住み分けはざっくりと大きく分けて「高(high)音域」「中(mid)音域」「低(lowまたはbass)音域」に分けられる。そして、楽器にはそれぞれ得意とする音域が存在しており、例えばシンバルやギター、シンセなどは高音域(high)から中音域(mid)を得意としており、その分布の調整により音色が変わってくる。ベースやバスドラムはその名の通り低音域(lowまたはbass)を得意としている。

『Born Slippy.Nuxx』のイントロ部分で低音域のバスドラムがスッポリハマる感覚はここに隠されているのだ!「中高音域」のシンセと「高音域」のハイハットが先に配置されることで「低音域」の部分をわざとスカスカに用意しておくことができる。そこに満を持して入ってくるバスドラムが目立たないはずがないのだ!

IMdbより

そしてさらに、ビートにも目を向ける。「長くのびる」シンセと「細かく刻む」ハイハットのちょうど間にスッポリと入るビートこそが「四つ打ち」のバスドラムなのだ!

つまり、長くのびる中高音域のシンセに細かく刻む高音域のハイハットが入った時に、ちょうど芯のある低音域の四つ打ちのバスドラムがスッポリと入ることであの心臓の鼓動のようなサウンドが鳴り響くのだ!

これこそが四つ打ちテクノの定番であり、超必殺技である!『Born Slippy.Nuxx』のイントロ部分にはこういった人のテンションをあげるための巧妙なトリックが隠されていたのだ!

「ドッ!ドッ!ドッ!ドッ!」ただただ、テンポ通りに一番大きな音がなっているだけだ。なのに、ここまで高揚する。この楽曲の構成の素晴らしさはこの瞬間に濃縮されている。それに加えて、劇中でこのバスドラムが響き始める瞬間はレントンが寝ているベグビーの抱えるボストンバッグに手を伸ばすシーンに当てられる。ハラハラドキドキなのか、ワクワクなのか、はたまたその全てなのか!四つ打ちバスドラムとマーク・レントンの鼓動と観客の鼓動が連動する!言葉では書ききれない!耳が、体が覚えている!あの名シーンにあの音楽!たまらん!

さらにもっと言えば、そこにディレイやリバーブといった音の「奥行き」や「空間の広さ」を使ったトリックも存在するのだけれど、それはまた別の機会にとっておく。

「人生を選ぶ」時、人は冷静ではないのかも

こうして、映画『Train spotting』(1996)はエンディングへ向かっていく。OPで使われるBGMイギー・ポップの「Lust for Life」ではなく『Born Slippy.Nuxx』(1995)をBGMにマーク・レントンの語りが入る。

どうして俺は裏切った?

本当のところは俺がワルだからだ

だが変わろうと思う

これを最後に

足を洗ってカタギの暮らしをする

楽しみだ

あんたと同じ人生さ

出世、家族、大型テレビ、洗濯機、車、CDプレーヤー、

健康、低コレステロール、保険、住宅ローン、マイホーム、おしゃれ

スーツとベスト、日曜大工、クイズ番組

公園の散歩、会社、ゴルフ、洗車

家族でクリスマス、年金、税金控除、平穏に暮らす

寿命を勘定して

映画冒頭での語りとは全く真逆の考えを持ったマーク・レントンがそこには映し出されている。冒頭では麻薬撲滅運動のスローガンの「Choose your life」という言葉を皮肉たっぷりに語る。

腐った体をさらすだけのみじめな老後

出来損ないのガキにもうとまれる

それが “豊かな人生”

だが俺はご免だ

豊かな人生なんか興味ない

理由か?

理由はない

ヘロインだけがある

IMdbより

ヘロインでぶっ飛んでいるレントンが正義か。シラフで友達を裏切り街から旅立つレントンが正義か。そんなことは誰にもわからない。「Choose your life」つまり、「人生を選べ」と観客に語りかけるレントンにとって最後の最後にシラフで友達を裏切り街から旅立つことこそがこれまでの自分から逃げ出す唯一の方法であり、その選択こそが1番の刺激であったのだろう。

音楽には心を安らげるために存在するものと、刺激を求めて聴くために存在するものがある。『Born Slippy.Nuxx』(1995)は明らかに後者だ。

「ここではないどこか」へと旅立ったマーク・レントンのようにぼくをトランス状態へと飛び込ませてくれる。この曲はぼくにとってそんな起爆剤である。

 文・金城昌秀
編集・川合裕之

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解説『Born Sllipy.Nuxx』(1995)

1995年7月1日リリース。作詞作曲はリックスミス、カールハイド、ダレンエマーソンでチャート最高順位は英シングルチャート2位を獲得。

イギリスのテクノユニット アンダーワールドの、1995年1月にリリースされたシングル『Born Slippy』のB面に収録された楽曲。

リリース当初、シングルはヒットせず、B面の『Born Slippy .Nuxx』が映画『Trainspotting』に取り上げられ、人気となった。

その後、1996年7月に『Born Slippy .Nuxx』がシングルとしてリリースされ、この曲は90年代のテクノアンセムとなった。

ちなみに、『Born Slippy』と『Born Slippy .Nuxx』は、リミックスではなく別の曲で、現在ではボーン・スリッピーと言えば ”Nuxx” の方を指すのが一般的である。
2003年のベスト盤のリリースに合わせ、『Born Slippy .Nuxx 2003』という新バージョンもリリースされている。

解説『Trainspotting』(1996)

IMdbより

監督:
ダニー・ボイル

出演:
ユアン・マクレガー,ロバート・カーライル,ジョニー・リー・ミラー,ユエン・ブレムナー,ケヴィン・マクキッド,ケリー・マクドナルド

アーヴィン・ウェルシュの同名小説の映画化作品。スコットランドを舞台に、ヘロイン中毒の若者達の日常が斬新な映像感覚で生々しく描かれている。

「Trainspotting」は一般的には鉄道おたくのことを指すが、スコットランドのエジンバラでは、ドラッグ中毒者たちが使われなくなった鉄道操車場を溜まり場にしていたことから “ドラッグ中毒” を指す隠語として使われていたという。

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金城昌秀 Written by:

ロックバンド「愛はズボーン」でGt.Voを担当。 様々なアーティストのMV監督や動画編集、グッズやCDジャケットといったアートワークも手がける。

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