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名付け、関係、惚れてまうやろ2020夏|『僕の好きな女の子』レビュー

(C)2019 吉本興業

2020年8月に公開された『僕の好きな女の子』は飛ぶ鳥を落として・焼いて・食って・食後酒の入ったグラスでも傾けようかしらといった風情の又吉直樹御大が記した、たった4ページのエッセイを映画化した作品です。

映画自体も90分程度とコンパクトな長さでしたが、随所に「又吉節」が感じられる作品でした。そして何よりもヒロインについて語りたい……のですが、まずは自分が思う「又吉節」についてお話します。

-目次-

・「又吉節」な会話とは?:短詩的描写、言葉遊び、過剰な自意識
・惚れてまうやろ2020夏
・関係を名付けるということ
・ところでこれが全部妄想だとして

「又吉節」な会話とは?:短詩的描写、言葉遊び、過剰な自意識

(C)2019 吉本興業

「又吉直樹っぽさ」とは、これからお話しする3つの要素から成り立っているのではないかしらと睨んでいます。はじめに「短詩的描写」。それから「言葉遊び」。最後に「過剰な自意識」。まずは、「短詩的描写」について紐解いていきましょう。

短詩的描写:日常の、どうでもいい何かを

冒頭、待ち合わせの時間について無駄で・非生産的で・非効率的な掛け合いをする加藤(渡辺大知)と美帆(奈緒)の掛け合いに「又吉節」を感じたのは自分だけではないはず。とてもお笑い的……漫才的な「掛け合い」の中で、加藤=ツッコミ、美帆=ボケというロールを共有し、やりとりを重ねる二人の会話。「待ち合わせ時間を5分早めるか、遅れさせるか、そしてその意義は?」という内容も、謂わば「日常のどうでもいい部分」をこねくり回すものでした。

乱暴な言い方になりますが、「日常のどうでもいい部分」に視線を向ける行為は、非常に短詩的なものだと思います。

自販機を同時に押した少し嫌な方が出た

黒い手袋をした女が富士見ヶ丘で降りた

行く可能性があった公立高校が廃校

すべて『カキフライが無いなら来なかった』より

暮らしに向ける視線の質の違いから生まれる短詩的な掛け合い・描写。それが「又吉節」の要素の一つだと自分は考えています。

公開されているオープニング映像でのLINEのやりとりもまた「日常のどうでもいい部分」だ(編集部)

言葉遊び:共感性を引っ張り上げるものとして

それから、短詩とは少し違うかもしれませんが、言葉遊びちっくなユーモアも又吉先生の魅力です。

「草分け的存在」もっといい表現は無かったのか

哀しき言葉の一つとして原動機付自転車

すべて『カキフライが無いなら来なかった』より

太宰治『人間失格』には名詞を喜劇名詞(コメ)と悲劇名詞(トラ)に分ける言葉遊びが出てきますが、ああいった「言葉そのものへの感度」の高さによって物語が強化されているように感じています。文字に対する共感性をすくい取るのが上手い、と言い換えてもよいかもしれません。例えば、映画『劇場』の冒頭ではカフェバーのカウンターに並ぶ酒を見て「あれが殺し屋の名前だったら」と永田と沙希が会話するシーンがあります。「殺しの仕事を終えたあとに地下鉄で帰りそう」……たかがウイスキーの名前から奇妙なほどリアリティを持った、しかし分かるっちゃあ分かる物事を引っぱりあげてくるわけです。

劇場、とても良いので観ていない方は早めにどうぞ!
以下記事もぜひ。

>簡単に「共感」してくれるな | 小説『劇場』レビュー<

自意識:その過剰さ

最後に、「又吉節」を醸成するための最大のエッセンス……それは過剰なまでの自意識です。

平日の午後友達の友達から隠れる

転んだ彼女を見て少し嫌いになる

『カキフライが無いなら来なかった』より

『劇場』の永田は又吉作品の中でもトップクラスの面倒くさい男(ていうか最低の男)でしたが、『僕の好きな女の子』の加藤もまた別ベクトルで面倒くさいです。ジュース1缶が渡せず、買っていったケーキも渡せず、ベッドに倒れ込んで唸るばかり。ですが、その「自意識のキツさ」が登場人物を際立たせ、そして何より語り部としてより富んだ描写を生むのではないかと考えています。

惚れてまうやろ2020夏

ということで、続いては本題のヒロイン・美帆の魅力についてですが、これはもう映画を観た人にしか分からない何かがあるかもしれません。冒頭の5分でその魅力が1から100まで伝わると思います。でも安心してください。100までしかないと思ったら5,000くらいまではあるので大丈夫です。

加藤との掛け合い、リュックからバカでかいジュースを取り出したかと思えば、漫画を袋にも入れずに押し付けられる。その奔放さと、スキンシップの取り方(撮り方)が本当に絶妙でした。友人の一人は「お前の好きな女の子かもしれないけど、俺が好きな女の子でもあるからな」と加藤に文句を言っていたほど。自分の心の中では2020年だというのに、Wエンジンのチャンカワイが「惚れてまうやろ!!!!!!」と大声を張り上げていました。

そんな美帆との関係性に揺れる加藤を描いた本作。チャンカワイも出たことなので、そろそろ、より内容に踏み込んだ話をします。ネタバレもあるので、未鑑賞の方はご注意ください!

関係を名付けるということ

ということで、結ばれませんでしたね。妻子と井の頭公園に訪れているシーンがあってエンディングでしたが、自分はここに「名付け」を見た気がします。

作中、加藤を取り巻くコミュニティは二つありました。一つは当然、美帆とその周辺(コミュニティというには人数が少ないですが)。そしてもう一つは、大学の友人たちです。

友人たちは加藤と美帆との関係性について、「すぐホテル行けばええねん」と切り捨てました。非常にホモソーシャルかつ「男性性」が強いコミュニティの中で加藤は煩悶します。恋人・彼女・彼氏・セフレ……そこは人間関係を「名付ける」(=規定する)ことを是とするコミュニティだからです。

加藤は、自身が書いた脚本の中の男女は、ひいては美帆との関係性はそういった「名付け」を超越した別種の間(あわい)にあると反論しようとしますが、言葉に詰まるばかり。

「名付け」は連続体を切り分けて非連続体にする行為です。

たとえば、人間の関係性がグラデーションのようなもので表すことができるとしても、「ここからここまでは恋人、ここからここまでは親友、ここからここまでは友達……」といったように、「名付け」によってそのグラデーションは画一化され、規定されてしまいます。

ましてや、カラーコードのように6桁の数字で細分化されてもいません。言葉によって、関係性が固定されてしまう。換言すれば、微細な関係性のグラデーションは暴力的な「名付け」によって殺されるのです。

加藤が行おうとしていたのは、そういった「名付け」の否定でした。はっきりさせないこと。それが美帆との

関係性を肯定するための術だったのです。しかし、その一方で加藤は「名付けられたもの/named」になることができない自分にも苦しみます。できれば恋人と名付けてほしい。でも友達と名付けられたらどうしよう。

友達じゃがまんできない
あなたの恋人になりたい
楽しい思い出全部あげるから
あなたの恋人になりたい

しかし、加藤の気持ちとは裏腹に、美帆は名付けを行なっていました。残酷にも、加藤がいちばん苦しむ名です。「気のおけない友達」。そして、妻子とのバックショットが映し出された結末に、加藤自身が、そして周囲が彼を「父」と名付けたのを目撃したのです。

ところでこれが全部妄想だとして

(C)2019 吉本興業

終盤、美帆と加藤が井の頭公園に居る理由が実は美帆の彼氏と会うためであることが明かされ、冒頭のシーンと繋がります。その後、美帆が振り返るシーン、『友達じゃがまんできない』を歌うギタリストをブリッジに、現在の加藤(既婚・子あり)と時間が交差し、エンディングへと流れていきます。

ところで、ギタリストの「いっつもここで考え事してますよね」の言葉を、「美帆との思い出を反芻するために、加藤は定期的に井の頭公園を訪れている」と解釈した方はどれくらいいらっしゃるでしょうか? 自分は初見時にそう考えていました。

しかし、定期的に訪れてるとは……? そんなに何回も思い返すものなのか……? ていうかまだ原作読んでないしな……と悶々としながらこの原稿のことを考えているうちに、あることに思い至りました。

あれ? 美帆との思い出ってもしかして全部加藤の妄想なんじゃない? 

物語の大半は加藤視点で進みます。例外的だったのは、美帆とその恋人がベンチで話すシーン。加藤不在のなかで美帆は涙を流します。「実は加藤はわたしのことが好きで、わたしはその気持ちに気づいてあげられなかった」……加藤にとって都合の良いとも思われる理由で

この物語が全部、加藤がベンチで考えていた妄想だったらどうでしょう? 彼の職業は脚本家。定期的に井の頭公園を訪れては、主人公:加藤、ヒロイン:美帆のドラマを脳内で上映していたと考えれば、繋がる部分もあるはずです。子どもが生まれるはずの歳月を経たにしては、ギタリストの歌っている歌も風体も変わっていないことなど……

というか、現実の美帆は加藤となんてほとんど喋ったこともなくて、二人で飲みに行くことも、展示会の誘いもなくって、なんなら美帆なんて人は存在しなくって、ただ妄想で主演:加藤、ヒロイン:「加藤の好きな女の子」の脚本をベンチで作り込んでいたなら? ちょっと怖い映画になってきました。一体自分は何を見せられていたのかしら? 

 文・渡良瀬ニュータウン
編集・川合裕之(店主)

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解説『僕の好きな女の子』(2020)

監督:
玉田真也

原作:
又吉直樹

出演:
渡辺大知、奈緒 ほか

原作は「別冊カドカワ 総力特集<又吉直樹>」に掲載されたごく短いエッセイ。主演の渡辺大知は『勝手にふるえてろ』で松岡茉優演じる主人公に熱烈交際を申し込んでいたのですが、今回は打って変わって奥手。ニのメンタルを思い出せよ! とメタいことを思わずにはいられないシーンもありました。

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