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なぜ TENET という回文なのか。
〈回文的因果律〉から導き出されるニールの正体
|『TENET テネット』評

Last updated on 2021.10.17

(C)2020 Warner Bros Entertainment Inc. All Rights Reserved

この記事には映画のネタバレがあります。

ご用心!

ニールは実はキャットの息子のマックスなのではないか――という説があります。パンフレットで山崎貴が自身の妄想だと前置きしたうえでそう語っているのに加えて、国内外の考察ファンがこぞって声を挙げているお話です。

え、本当に?

にわかに信じがたい仮説ですが、もしそうだとすればこんなに楽しいことはありません。きょうはこの説を考えて一緒に頭を悩ませてみましょう。

目次

・なぜニールがマックスだと言われるのか
・〈回文的因果律〉の世界
・回文のような時間軸の中間地点は「世界を救う」瞬間だ
・「ニール=マックス説」に再挑戦 全ての行動に意味が介在すべきだからこそ
・重要なのは「記録」だ
・フランシスコ・ゴヤに隠されたヒント?
・そしてこの文章もまた……

パワープッシュ:映画『パラサイト 半地下の家族』はハッピーエンドだ

なぜニールがマックスだと言われるのか

まずは世に憚る「ニール=マックス説」を紹介しましょう。これだけでも十分に興味深いですよ。最初にこの海の飛び込んだペンギンは、海外メディアの Esquire です。

キャットの息子の名である “MAX” はむろん愛称であり、正式には “Maximilien” だ。なるほど、たしかにバートン家の高貴な家柄の血を引いており、なおかつ高慢な父セイターの子に相応しい名前です。

そして、この “Maximilien” という名を逆から読むと Neil の文字が浮かび上がります。便宜的にハイフンを打って “Max-imi-lieN” と書くと分かりやすいでしょうか。 “Max I’m” と “Neil I’m” がそれぞれ回文のように繋がっているわけです。

これに加えてキャットと同じくニールがイギリス訛りの英語を話すこと、ニールを演じたロバート・パティンソンがこの役のためにブロンドに髪を染めていることなどが指摘されています。

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へえ、やるじゃん。なかなか説得力のある仮説です。

以上の理由でニールの正体がキャサリンの息子・マックスではないか?と予想されているのです。彼が未来から来たことは明示されていましたが、まさかあの幼い子の将来の姿だったなんて。

「息子が、息子が……」と固執するキャットと、にもかかわらずほとんど画面に移らずに不在を決め込む子・マックス。不在こそがその存在を強調していましたが、なるほどたしかに何かありそうです。

信じたくなりそうな話ですが、いいや、まだまだ論拠は弱い。

①マックスの正式な名前は憶測に過ぎない
②逆さ読みも偶然である可能性がある
③「ブロンドに染めた」事実は作品の “外” にある

以上の3つがその反証です。

特に③は大きな問題点です。たしかに「撮影のために染めた」というのは大きな判断材料かもしれません。ときに映画より外のテクストを借りて映画を読み解くことも重要です。かといって、核心部分をも映画外テクストに委ねるわけにはいきません。頼りたいけど、頼るわけにはいかないのです。しかも “Maximilien” はフランス語綴り。「二人はイギリス訛りだ!」という事実との親和性が低いです。

いや、それでもやっぱり〈信じ〉たい。

ニールがキャットの子だったとしたら。心くすぐる刺激的な仮説なのですよ。僕はこの魅力的な妄想にすっかり取り憑かれてしまったようです。作中でマックスはほとんど姿を見せません。

前半部のクルーザーのシーンでは旅行中で不在。クライマックスのクルーザーでも船外に連れられています。特に前半ではポンペイ遺跡に旅行中でした。火山の噴火で滅亡してしまった都市に足を運ぶのです。そんな彼が後のニールだとしたらーー。

諦めきれない。今度は僕自身が、名前のスペリングとはまた別のアプローチから「ニール=マックス説」を考えてみました。

こんな TENET の解釈はどうでしょうか?

〈回文的因果律〉の世界

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本作はとにかく「回文」がキーとなっています。いいですか、回文です。真の主題は「時間」でなく「逆行」でもなく「回文」である。そうやって考えると話がサッパリするのです。最も要となる「前からも後ろからも “挟み撃ち” にする」という発想も「回文」と解釈し直して考えていきます。

散りばめられた回文

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まずは TENET というタイトルが回文になっているのは誰の目にも明らかですね。“TEN” が両側に位置するこの単語は、最後の10分の挟み撃ちを思わせます。ほかにも回文は沢山隠されています。

悪役の武器商人セイター(SATOR)と、警備会社のロータス社(ROTAS)。ゴヤの贋作を作ったアレポ(AREPO)の名をひっくり返せば冒頭の舞台であるオペラ(OPERA)になります。元ネタであると睨まれているのは “SATOR AREPO TENET OPERA ROTAS” というラテン語の有名な回文。日本でも海外でも人気の考察テーマになっているフレーズです。

そして映画の時系列も非常に回文的です。オペラ襲撃事件から物語がスタート。オスロの空港でひと悶着し、今度はタリンのカーチェイスで敗北を喫した主人公は、時間を逆行して再度カーチェイスをリベンジ。さらにさらに逆行してもう一度オスロの空港へ足を運び、そして最後のスタルスク12の決戦。この日は最初のオペラ劇場のテロの日と同日でしたね。タリンでのカーチェイスを境にして過去・未来・過去というまるで回文のような配置になっています。

因果律も回文だ

注目すべきは因果律。これも回文のように形成されています。これを〈回文的因果律〉とでも勝手に名付けて話を進めます。この映画の世界で何かが「逆行」して未来から過去への干渉が発生するとき、かならずこの〈回文的因果律〉に支配されることになるのです。

過去の原因Aという出来事が現在に何らかの結果Bをもたらし、その結果がまた原因Cとなり未来でさらなる結果を呼び起こす。これが〈通常の因果律〉です。

〈通常の因果律〉A→B→C

しかしこの作品の中を支配する〈回文的因果律〉はこれと少し異なります。原因Aが結果Bを生むと、今度は原因Cが現れて結果Bを補足します。

〈回文的因果律〉原因A→結果B←原因C

と回文のような対称的な配置になるわけです。

いやいや、話が抽象的過ぎて何が何だか。お互いに困ってしまいましたね。具体的に確認していきましょう。

「原因→結果←原因」の例:オスロ空港での戦闘

オスロの空港での戦闘を例に見てみましょう。あの時に任務中に突如として現れた防護スーツの敵兵。実はあれは未来から逆行してきた自分自身だった!というこの映画のサビのひとつですね。

このシーンにおける〈結果〉は「未来からの自分との邂逅」です。

この〈結果〉めがけて順行の主人公はムンバイやロンドンを経てオスロの空港へと向かい、例の回転扉までたどり着くという〈原因〉をつくります。

一方で、逆行する未来の主人公も「邂逅」という〈結果〉の〈原因〉をつくります。数日後から逆行しながらオスロ空港を目指し、そして自由意志にすら関係なく、爆風で飛ばされて偶然にも過去の主人公と相対することになります。

あのとき自分がここにいた〈から〉いまこうなっているし、自分がいまこうしている〈から〉あのときああだったわけです。

過去と未来、両方から迫る〈原因〉が〈結果〉を生みます。

この因果律には逆らえません。原因があれば必ず結果が生れます。反対に、結果があるなら必ず原因をつくらねばなりません。

結果?原因?原因?結果? また話がややこしくなってきました。自分で書いていても頭が割れそうです。これも具体的な例を交えて考えましょう。

〈結果〉には逆らえない例:回転扉と窓越しの自分

続いて、同じくオスロ空港のシーンから。未来から逆行した主人公は、過去の自分に向かってダン、ダン、ダンと3発立て続けに発砲し、その直後に回転扉の向こうに自分の姿を見つけるやいなや、慌てて回転扉に飛び込んで逆行から順行へ “ターン” しますよね。

これは実はカーチェイスの逆行でアイヴスから伝えられた鉄則を守ったわけです。回転扉に入って逆行したいとき、確認窓の向こうから逆行に成功した自分の姿を確認してから入らないといけません。裏を返せば、見えているのに回転扉に入らないと、因果律が崩れてしまうということ。逆行した自分が見えたなら、その数秒先の〈結果〉を成立させなければいけません。

「回転扉に入ったから、結果として逆行した」ではなく「逆行したという結果がわかったので、それの原因をつくるべく回転扉に入った」と解釈するのです。セイターもニールもこれに似た動きをしていますね。

Done is done. 起きてしまったことは覆せない。過去に起こった〈結果〉にも抗うことはできません。たとえ火の熱さを知っていようと、ビルに飛び込んで火事の被害者を助けないといけないのです。知ってて飛び込むニールの尊さたるや――。

回文のような時間軸の中間地点は
「世界を救う」瞬間だ

このようにして、「原因→結果←原因」という〈回文的因果律〉に沿ってキャラクターが動きます。過去の行動が未来を規定することはもちろん、逆行した未来の自分が過去をつくる。この行動原則が回文を作るのに似ています。

回文の作り方

回文をつくるときはどういう思考をするでしょうか。何となく口走った言葉が偶然にも回文になっている、ということはそうそうありません。そんな調子で回文を作ろうとすればたちまち一億総東京ホテイソン状態になってしまうでしょう。んぺんぺ~~!!

回文は最初の1文字が決まった瞬間に自動的に最後の一文字が決まるわけです。最初の文字を “T” と決めたなら、その瞬間に最後の文字も “T” であると決定されます。二文字めが “E” なら、最後から二文字めも同じく “E” とせざるをえません。反対に終点を “T” としたいならば、その回文の視点も “T” からはじまるほかないのです。

世界が回文のような因果律であるならば、過去をつくった瞬間に未来が決まり、未来から遡るときもまた、過去に応じた行動が求められます。

その中間地点に位置するのは?

そして、中間の “N” に位置するゼロ地点は「主人公が世界を救うこと」です。世界を救うために現在・過去の主人公は奮闘し、未来人もそのための手助けをします。

「世界を救う」という結果を目指して、過去と現在の両方から原因を作っていく。10分の挟撃作戦はもちろん、右も左もわからず、依頼主すら明かされず任務をこなす始点とTENET という組織を作るという終点も「世界を救う」を中心軸にして線対称的に配置されます。両手の指と指とを絡めるセルフ恋人繋ぎのジェスチャーを思い出してください。あのイメージです。ふたつの〈原因〉――過去からの原因と未来からの原因――が、「世界を救う」というひとつの〈結果〉をめがけて走ります。その指の交差点に存在する「世界を救う」という瞬間を “信じて”、あるいは “教義” “主義” としてそれぞれが活動するわけです。

ときにその因果律は自由意志とは全く無関係。特に「世界を救う」よりも前の時制の人間にとっては何が何だかわけがわからない、という場面も多いです。自由意志に関わらず、自分が大きなシステムに支配されている。そしてそのシステムは実は自分自身だった――というのはノーラン映画の十八番ですね。

「ニール=マックス説」に再挑戦
全ての行動に意味が介在すべきだからこそ

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さて、前置きが長くなりましたがここまでの話を踏まえて「ニール=マックス説」に踏み込んでいきましょう。

未来も過去も「世界を救う」というあの時点の〈結果〉のための原因になる。〈回文的因果律〉の世界の原則です。つまり全ての行動に意味が伴います。特に未来側から訪れる人間の行動には強烈な意図が介在します。

この前提で最後のシーンを振り返ってみましょう。Canon Place にてプリヤに暗殺されかけたキャットですが、未来から来た主人公がこれを阻止します。

これまでの流れを踏まえると「キャット暗殺の阻止」は彼の私情ではなく第三次世界大戦を未然に防ぐため絶対に必要な通過ポイントであるべきです。この地味な救出劇が巡り巡って世界を救う。

そして主人公の目に映るのはキャットのバストショット――ではなくキャットとマックスが仲睦まじく並ぶ姿です。キャットだけでなく、マックスもまた世界平和の立役者であることが暗示されていると考えることができるでしょう。

ニール視点で見る主人公との友情物語はスタルスク12の決戦で終わりを迎えましたが、同時にそれは主人公視点から見るニールとの友情の始まりでもあります。この Canon Place のシーンが「友情」に関連するのであれば、その眼差しの先にいる少年マックスが後のニールであると考えることもできるでしょう。

時系列で考えてもこの時点の主人公は未来からの来訪者であるため、彼がのちのニールであると認識している可能性も強くは否定できません。そうであればその眼差しにも説得力を帯びます。

重要なのは「記録」だ

さらに「ニール=マックス説」を援護射撃する言葉が登場します。それは「記録」です。

最後の場面でプリヤがなぜ暗殺の日と場所がわかったのか、と主人公に尋ねると彼は「記録だ」と答えていたのを覚えているでしょうか。キャットが残したボイスメッセージを頼りに、未来の主人公がその日に駆け付けたのです。

さて、その肝心の武器である「記録」は物語の中で度々出現するキーワードですが “document” や “record” ではなく “posterity” ――直訳で「子孫 / 次世代」――と表現されているのです。

映画は私たちに、これからを担うのは次世代なのだと強く主張します。「これから」が何を指すかはもうお分かりですね。ゼロ地点であるあの日の「世界を救う」というゴールです。

あの日のために彼が必要だった。どうでしょう。

ちなみに、こんな事実もあります。

クレスマン・ポエジーの演じるバーバラという妊娠した女性を覚えているでしょうか。とある機関で時を逆行する武器を研究しており、映画の冒頭で主人公に逆行弾のチュートリアルを施した人物です。彼女は妊娠を理由に降板を願い出たにもかかわらず「むしろ好都合である」と続投をオファーしたといいます。 “posterity” の重要性がわかる制作の裏側ですね。

フランシスコ・ゴヤに隠されたヒント?

もう一度あの元ネタ(とされる)回文を振り返ってみましょう。“SATOR AREPO TENET OPERA ROTAS” というラテン語の回文です。「農夫のアレポ氏は馬鋤きを曳いて仕事をする」という意味になります。

Sator は「農夫の」という意味として解釈されていますが、農耕の神「サトゥルヌス((Sāturnus)」と読むこともできるそうです。「サトゥルヌス」といえば、有名なのが「我が子を食らうサトゥルヌス」という絵画。激動の18世紀を生きたフランシスコ・ゴヤという画家の作品です。ゴヤ。どこかで聞いたことありませんか。オスロ空港で奪いたかった絵です。トマス・アレポの贋作のオリジネイターがゴヤなのです!

それが何?と思われるかもしれませんが、「我が子を食らうサトゥルヌス」は自分が子供に殺されてしまうことを恐れた農耕神サトゥルヌスが、我が子を食い殺すというギリシャ・ローマ神話のワンシーンを切り取った絵画です。「黒い絵」という連作のうちのひとつでした。

TENET 内に散りばめられたパーツを重ねて上書きすれば「Sator が子どもに殺されることを恐れて、我が子を食い殺す」ことになります。ここまで繋げると「ニール=マックス説」がさらに色濃くなってきます。ニールがキャットの息子のマックスということは、つまりセイターの息子でもあるということですから。そういえばセイターは殺される間際に「唯一の間違いは子を設けたことだ」とはっきり口にしています。意味深ながらどうも真意が判然としない台詞でしたが、ここまで考えると意味が通ってきそうです。

残念ながら不都合なことに作中で登場するのは「我が子を~」ではなく別の絵でしたが、それでもゴヤの贋作を大切に保管していたという事実は、物語の深淵に関わってきそうです。

ある意味ではかなり妄想に近い指摘であり、確たる論理構造や因果関係がここにはありませんが、非常に示唆に富んだディティールです。「ニール=マックス説」を微力ながら助けてくれます。

そして、この文章もまた……

さて、つらつらと「ニール=マックス説」を勝手に考えてきました。〈回文的因果律〉を中心に無理矢理このゴールにたどり着こうとした次第でございます。

あれ、おかしいな。

過去にききかじった結論に飛びついて、それを実証するべく何度も映画を鑑賞し、後から後から理由を探る。絵のことを考える。あとから理由を探す。

そう、この評論もまたテネットのような〈回文的因果律〉に支配されているのやもしれません。

 文・川合裕之(フラスコ飯店 編集長)
編集・安尾日向

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▼この本について

時間を操る映像の魔術師、映画監督クリストファー・ノーラン。

本書はデビュー作『フォロウィング』から最新作『TENET テネット』までを作品ごとにとりあげ、脚本ができるまで、撮影方法、ビジュアルイメージづくり、演出論、音へのこだわりなど「ノーラン独自の映画術」を、未公開写真、絵コンテ、シーンスケッチをもとに詳細に紐解く。

さらに『ダークナイト トリロジー』、『インセプション』、『ダンケルク』など大ヒット作に投影されたノーラン自身の経験、インスピレーション、これまで詳しく語られなかった生い立ち(「故郷という概念が人とは少し違っていると思う」)もすべて明かされる。
ある夜、寮のベッドで横になり『インセプション』の構想を練ったこと(「暗闇の中で音楽を聴き、いろんな物事について考える──そして映画や物語を思い描いて想像力を駆使する空間は大切だった」)、彼の色覚が『メメント』にどう作用したか(「他人はこの世界をどう知覚しているか、自分のものとどう違うのかということに人は魅了される」)など、ノーランの思考に触れる内容が盛りだくさんだ。


◇著者:トム・ショーン
『サンデー・タイムズ』紙の映画評論家。『Blockbuster: How Hollywood Learn Learn Learn Stop Worry and Love Summer』、『Martin Scorsese: Retrospective』などこれまでに5冊を出版し、また『ニューヨーク・タイムズ』紙、『タイムズ文芸付録』、『エコノミスト』紙、『ヴォーグ』誌などに寄稿している。ブルックリン在住。


◇監修:山崎詩郎(やまざき・しろう)
物理学者。東京大学大学院理学系研究科物理学専攻博士課程修了。博士(理学)。現在は東京工業大学理学院物理学系助教。量子物理学の研究により第10回日本物理学会若手奨励賞を受賞する。『インターステラー』の科学解説講演会を約100回実施し、『TENET テネット』では字幕科学監修や公式映画パンフレットの執筆を務める。

◇監修:神武団四郎(じんむ・だんしろう)
映画ライター。雑誌やパンフレットなどに寄稿、編集でも携わる。共著に『キング・コング入門』、『モンスターメイカーズ―ハリウッド怪獣特撮史』(洋泉社)など。編書に『別冊映画秘宝 絶対必見!SF映画200』、『中子真治SF映画評集成』(洋泉社)など。監修に『スター・ウォーズ 制作現場日誌 ―エピソード1~6―』、『メイキング・オブ・マッドマックス 怒りのデス・ロード』、『メイキング・オブ・TENET テネット クリストファー・ノーランの制作現場』(玄光社)などがある。

◇翻訳:富原まさ江(とみはら・まさえ)
出版翻訳者。小説・エッセイ・映画関連など幅広いジャンルの翻訳を手がけている。最近の訳書に『スター・ウォーズ 制作現場日誌 ―エピソード1~6―』、『クマのプーさん 原作と原画の世界 A.A.ミルンのお話とE.H.シェパードの絵』、『メイキング・オブ・TENET テネット クリストファー・ノーランの制作現場』(玄光社)、『図説 デザートの歴史』(原書房)など。

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映画全体を俯瞰して見ると楽しい! そう思っていただければ幸いです。もしこの記事を楽しんでもらえたのであれば、このパラサイト評もどうか覗いてみてください!

あの映画、もしかしたらハッピーエンドかもしれませんよ?

>パラサイト評を読む<

解説『TENET テネット』(2020)

監督:
クリストファー・ノーラン

脚本:
クリストファー・ノーラン

製作:
エマ・トーマス, クリストファー・ノーラン

出演:
ジョン・デヴィッド・ワシントン, ロバート・パティンソン, エリザベス・デビッキ, ディンプル・カパディア, マイケル・ケイン, ケネス・ブラナー

音楽:
ルドウィグ・ゴランソン

クリストファーノーラン最新作!

本当にこの時代に生きていてよかった……

主演のジョン・デイビッド・ワシントンはデンゼル・ワシントンの息子さん。元々フットボールの選手をしていたので運動神経は抜群です。相棒のニールを演じたロバート・パティンソンは「マジでアスリートと仕事するのツラすぎるピヨ」(意訳)と半笑いで言ってたそうです。

いつもいつもリアル志向のノーラン先生。カーチェイスも道路貸し切り、飛行機も本物を突っ込みます。逆再生だってただの逆再生ではありません。ジョン・デイビッド・ワシントンに「逆再生っぽい演技」をさせてみたり。いやそんなことさせる必要ある? いやでも冷静に考えたらそうなんですよね。順行と逆行を同時にカメラに収めるためには、そうするよりほかないのです。

> TENETをもう一度、字幕版で見る

>TENETを今度は吹替で見る

解説:ジョン・デヴィッド・ワシントン

フットボール選手から俳優に転向したという異色のキャリアを持つ俳優。『ブラック・クランズマン』(2018)で脚光を浴び、同作でゴールデングローブ賞主演男優賞(ドラマ部門)にノミネート。そして2020年に満を持してTENETで主演を務める。持ち前の身体能力をフル活用してスパイアクションを完遂した。ただでさえノーラン映画は「生身の演技」を求められるにもかかわらず、「逆再生」を演じなければいけないのですから、その難易度は相当なモノでしょう。映画公開当時は「デンゼル・ワシントンの息子」という肩書で説明されがちな俳優でしたが、今後は「父親が実はデンゼル・ワシントン」と言われるようになる日も近いでしょう。

解説:ルドウィグ・ゴランソン

映画作曲家、音楽プロデューサー。『ブラック・パンサー』(2018)ではアカデミー賞作曲賞を受賞。そりゃあヒット作なんだから手掛けりゃ受賞もしように。なんて思っていませんか。アフリカの民族(それも厳密にいえば架空の!)を想起させる音楽でありながら、しかし一方で万人が知る「ヒーロー」を正面から照らす必要があります。非常に繊細なバランスの中で大胆な仕事をしたのだなと思います。

ほかにも『クリード チャンプを継ぐ男』(2015), 『ヴェノム』(2018), 『クリード 炎の宿敵』(2018)など多数の作品に参加している。

ひとくち考察:TENETのサウンドって?

本作の『TENET』においても作品への深い理解が垣間見える。逆再生のギミック、ディレイ、細やかなストリングス。ビートでくすぐるように強制的に盛り上げるのではなく、外堀を少しづつ埋めて作品に没頭させてくれる。

「最後の決戦でワケがわからなくなったら、とりあえず音に集中。なんだか不自然で巻き戻っているようなサウンドだったなら、そのシーンは “逆行視点” だ」という説まで流布したくらいです。

個人的には「MEETING NEIL」がーー言葉を選ばずに書くのであればーー最高です。全部!もう全部!この映画の盛り上がりやしっとりした切なさ。すべてがこの2分に詰まっている。spotify を貼っておきます。映画を見た人はどうかこのトラックを再生してみて欲しいです。

編集部の感想

本稿で指摘するのはタイムパラドクスやタイムトラベルを扱うSF作品ではありがちな現象だけれども、ひとつの解釈として面白かった。知識をひけらかして迷い線を引きまくるのと補助線を引いてわかりやすくするのはまったく別の行為だから。それはそうと、東京ホテイソンのくだり。あれだけは自己満だよね。いいけど。(編集部 / 平成文字化け女)

執筆後記

シンプルに書くの大変でした。3回テネット見て1週間で書きましたからね。もう見たくない。……と、当時は思っていましたが1年後の今、Netflix で見れるとなるとやっぱり「見ようかな」と思ってしまう。すごい映画でした。ありがとうね。(編集部 / 川合)

関連記事:
インターステラーで泣いてしまう理由

もし筆者が平安時代の歌人ならば、『インターステラー』に捧げる和歌を「袖ひちて」という5音で始めることでしょう——それくらい涙を拭う羽目になります。

クリストファー・ノーラン最新作『TENET テネット』の公開に合わせ、彼の過去作が IMAX 上映でリバイバルされました。その最後の作品として、『TENET』へとバトンを渡したのが2014年公開作品の『インターステラー』でした。

(中略)

『インターステラー』は大号泣しちゃうけど、『TENET』はそんなことなかったかも?(筆者談)

もちろん『TENET』にも心揺さぶられるシーンはあるのですが、それを遥かに超える『インターステラー』の感情的起伏の豊かさよ! 少々あからさま過ぎるくらい、涙腺をもろに刺激してきます。その感じが好きになれない人もいるでしょうし、何より「泣ける映画」こそ良い映画だなんて微塵も思っていません。が、良い機会ですので『インターステラー』が私たちの胸に迫ってくる理由を、あくまでも冷静な目で、振り返ってみましょう。

結論を簡潔に先取りしちゃいます。

『インターステラー』は宇宙航路という極端な「移動」をモチーフとすることで、人と人とのコミュニケーションや孤独という普遍的なテーマを新たな形で描いているのです。

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川合 裕之

95年生のライター/ 編集者。長髪を伸ばさしてもらってます。 フラスコ飯店では店主(編集長)をしています。

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