I’m back. Omatase. 

『おおかみこどもの雨と雪』を、いま観るということ

© 2012「おおかみこどもの雨と雪」製作委員会

「よろしくお願いしまあああす」
「未来で待ってる」

ジブリと肩を並べて細田守監督作品もすっかり夏の風物詩となりました。夏、野球、紺野真琴!スイカ、畳、夏希先輩! うんうん、まったく違和感がない。今はともかくとして1000年後には間違いなく季語になってるはずです。

いやいやちょっと待って。『サマーウォーズ』(2009)も『時をかける少女』(2006)も良いのは知ってる。僕も好きです。何度も観ました。

でも、どうしてみんな『おおかみこどもの雨と雪』(2012)をスルーしているのでしょう。少年少女のラブコメディ要素が無いなら優れたアニメ映画ではないのでしょうか。いいえ、僕はそうじゃないと信じています。

ワンオペ育児と自然と

ニホンオオカミの末裔である “おおかみおとこ”(声:大沢たかお)と結婚し2児の母親となるも、不慮の事故で夫とは死別してしまう花(声:宮崎あおい)。図らずもシングルマザーとなりワンオペ育児を余儀なくされます。

初めての子育て、初めての母親。身寄りはおらず、しかも子どもはおおかみと人間の謂わばハーフ。ただでさえ子育てに冷たい街で、難易度が高すぎる。都会を離れて田舎暮らしをすることでようやく、ひと段落――とはいきません。田舎には田舎の苦労があったのです。

それでも都会よりかは幾分ましだったようで、その地に根を張って家族3人で逞しく生きてゆきます。

土に馴染んで、根を張る。彼女たち家族は試行錯誤して家庭菜園(という表現では物足りないほど十分な畑)に精を出すのですが、戸惑いながらも一生懸命に汗を流して土をいじる姿と、その土地の人間関係に染まっていこうと努力する様は綺麗な鏡像関係を描きます。目に見えない物語と身近な物語をパラレルに配置するという、脚本・奥寺佐渡子の十八番が光ります。

だからこそ、この映画は「夏」だけではなく、春も秋も冬も、漏れなくすべての季節が描かれているのでしょう。壮大で美しく、ともに歩めば豊かな時間を過ごせる。ただし、敵にまわせば厄介になる。自然や人間関係といった困難を乗りこなす逞しさがそこにはありました。

世界を救う義務がなくても、悩みは誰にでもある

この映画のクライマックスは、たしかに「時かけ」や『サマーウォーズ』に比べれば地味かもしれません。秘密はバレないし、世界も救わない。しかし、そこには少年少女が大人に生まれ変わる瞬間の、微かながらも大きな揺らぎがあるのです。

“おおかみ”として生きるのか、あるいは人間として生きるのか。思春期を迎えた姉弟は、保留していた問題と向き合います。二人はそれぞれ異なる選択をすることになり、母である花はそのいずれの選択もを受け入れるのです。そうか、これはハーフや二重国籍の問題なのだ、という視点で作品を炙れば多様性を謳う力強いメッセージが浮かび上がってきます。

7年前の映画ですが、そのようなフィルターが頭にインストールされた今、改めて鑑賞してみると当時とは違った画が見えてくることでしょう。(長くなってしまいそうなのでこの話はまた別の機会に……)

このように無理やり難しく捻って考えなくとも、この作品は普遍的なテーマが潜んでいます。人が親になり子を産み、その子がまた大人になる。子どもが境界線を超えて大人になる物語、あるいは超えてから初めてその境界線を認識する物語だったのです。

境界を踏み越えるその瞬間。曖昧で見えないものを解釈した上で、アニメーションで程よく具現化し、切り取って、物語に閉じ込められています。細田監督の描く「家族のありかた」には多様性が乏しいという批判もありますが、だとしても子どもが大人になる瞬間はたしかに誰もが持つものではないでしょうか。

あったらいいな。こうだったかもしれない。そんな甘酸っぱさに比べたたら『おおかみこども』は少々苦い。けれども、いつだって甘さに逃避してもよいのでしょうか。大人になってしまった、という不可逆的なひんやりとした感情を喉元に突きつけられることだって必要なのかもしれない。僕はそう思います。

もしまだ見ていないという方は、是非一度ご覧になってみてください。そしてまたいつか「観た」と教えていただきたく。



その報告を、未来で待ってる。おみやげみっつ、たこみっつ。よろしくお願いします。


解説『おおかみこどもの雨と雪』(2012)

監督:
細田守

脚本:
奥寺佐渡子, 細田守

出演:
宮崎あおい, 大沢たかお ほか

2012年に公開された細田守監督作品。『劇場版デジモンアドベンチャー ぼくらのウォーゲーム!』(2000)や、『ONE PIECE THE MOVIE オマツリ男爵と秘密の島』(2005)も含めて数えると5作目の劇場公開作となります。細田守, 奥寺佐渡子, 貞本義行というお馴染みの座組みですっかり期待の高まった本作は出だしの興行収入は順調で、さらに世界34の国と地域で配給されました。

なお、余談ですが冒頭の大学は一橋大学が、移住先の田舎は監督の出身地である富山県がモデルとされてるとのこと。

 
 文・川合裕之
編集・和島咲藍

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川合 裕之

95年生のライター/ 編集者。長髪を伸ばさしてもらってます。 フラスコ飯店では店主(編集長)をしています。

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