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涙が出た。あくびで。毒舌の苦手な鈴ちゃんのために控えめに言ったとしても、最悪だ。なにこれ。僕は細田守のつくる映画が好きだ。好きだった。だからこそ、なおさらなのかもしれません。
mokuji
中村佳穂は悪くないが、「うた」への理解が乏しいのでは?
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スタンディングオベーションさながらの大喝采から、僕のようなネガティブな意見まで賛否両論。しかし否定的な観客も「絵と音は綺麗で荘厳だった」という部分には合意しています。けれど僕はそれすらも疑問です。
絵は綺麗。歌、魔力的。
しかしそれぞれがセパレートして味がバラバラ。
極上の刺身と、程よい温度のシャリを交互に食べているような感覚です。胃の中でいつか寿司になるのを待ってはみたけど、やっぱり肩透かしの空論でした。
シンガーの中村佳穂が演じるベルの歌唱は申し分なく、声優としても良い仕事をしていたように思えました。しかし映画に膿んだ問題点は、ど頭最初のシークエンスから。「うた」を通した青少年の成長を可視化する物語であるにもかかわらず、そもそも「うた」への理解があまりに乏しいのではないかと感じずにはいられません。
ファーストカットから「絵」が追い付いていないのでは?
開始数分で僕の脳裏には不安が渦巻き、そしてその懸念は現実の悪夢となりました。中村佳穂の歌唱力が高すぎるからこそ、特にこのウィークポイントが色濃く浮かび上がります。
ファーストカットからーーというか全編を通してーー彼女の歌に対して、ベルの口腔の拡がりや呼吸の動きが伴っていないのです。「ベルこそが世界を圧倒し牽引する歌姫なのだ」という顕現にどうしても説得力が欠けてしまう。
「竜とそばかすの姫」オリジナル・サウンドトラック ( Ad)
繰り返しになりますが中村佳穂のパフォーマンスは申し分ありません。これを2000円足らずの価格でシネコンの音響設備で浴びられるのは非常に贅沢な体験です。
しかしそれに驕ってはいけない。
細田守という映画作家のレベルはこんなものではないはずなのですから。
なんか厄介なファンみたいな筆致になってきましたね。自覚はしています、すみません。ここからは客観的な具体例なども交えていきます。良ければもう少しお付き合いください。
「うた」への多角的な視点が必要だったはずなのに
身体動作である「うた」、表現者の内核に存在する「音楽」、そして脳内のアイデアを可能な限り再現して仕上げた配布物である「音源」。それぞれにどのような名称を代入するかは各個人に任せますが、この3つの違いを明確にして描かないことは致命的です。恐らくは理解が不足しているのではないかと思います。細田守のことは心から応援してるけど、この映画に対してはこう書かざるを得ません。
そのオーケストラは誰の演奏なのか。あるいはどこに収録されたものを再生しているのか。なぜその深さでエコーがかかっているのか。そのコンプは誰がどのような意図で仕向けたのか。
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つまるところ、その音はどこからなっているのか、誰が聴いているのか。という視点が欠けています。
たとえばコンサートではエコーがかかっても良いでしょうが、クライマックスで彼女が unveil されたあとは生の「うた」であるべきではないでしょうか。例を挙げればキリがないのですが、このような細かな配慮が欠けています。重箱の隅をつつくようで自分で書いていても気が滅入るけど、シンガーを起用してまで作った「うた」の映画なのですから、重箱の隅まで音楽への愛と理解が敷き詰められるべきです。
「うた」あるいは「音楽」に焦点を合わせたこの物語を作る上では致命的な欠陥であり、この映画を面白くする動脈に流れているのが音楽だからこそ「細田守は音は専門外」では許されないと思います。
物語としての殺人的な欠陥
「何が起ころうが、どうでもいい」
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そもそも物語としてのっぺりと希薄です。それぞれの登場人物が行動する動機が極端に薄いため、筆者は話が展開するにつれて「見させられている」「付き合わされている」という感覚に陥ってしまいました。
「竜の正体は誰か」という謎を鈴が追求するべき理由が無いじゃないですか。
コンサートを妨害されたが、しかしその孤独な背中に少しばかりの同情を覚えた。百歩譲ってここまでは良いでしょう。ある種の共感が胸を打ち、密かに交流することになる。ここまでも結構。
ただし、「じゃあ君は誰なの?」となるでしょうか。
ネット上の友達は実際に会わなくたって友達だし、仮にオフ会したとして根掘り葉掘り身分を聞いたりしますか? 自己紹介して本名を交換したとして、結局ハンドルネームで呼び合ってしまう気恥ずかしい相手がネットの友達ではないのでしょうか。
……というのはいささか主観の暴走かもしれませんが、それを差し引いても、鈴が竜の正体を追い求める理由がまったく存在しない。傷ついた彼の傷を癒してあげたいなら、Uの世界で慰めてあげればそれで事足りる。「それでは足りない」というのであれば、それは仮想現実Uという設定の敗北を意味します。
「50億のアカウントから、たったひとりを探すなんて無理じゃない?」
予告編にも使われていた台詞です。仰る通り普通に考えれば無理ですよね。無理を承知で立ち向かうのが物語というものですが、承知しかねる無理に立ち向かうほどの道理と義理がない。
ログアウトしたらええやん?
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正義の味方を気取った自警ヴィランのジャスティンの持つ超必殺技「アンベール(Unveil, つまりベールを奪う)」にも説得力がない。それほんまに言うほど怖いか? ベールを奪う、つまりUの世界のアバターを取り除き現実の姿・形を暴くという性質のものですが、それっていかほどのもの? 暴かれるのが嫌なら、ジャスティンが現れた瞬間にログアウトすれば良いじゃない。それでも嫌なら以降ログインしなけりゃいいじゃない。
「最初からライダーキックすれば勝つよね」というひねくれキッズの戯言のように聞こえるでしょうか。ちょっと待って欲しい。だってこれは「インターネット」と「現実」の境界線が混ざり合う舞台設定だ。
だから「インターネット」という仮想空間は仮想ながらにも重要であることを強烈に示す必要があるのではないでしょうか。
Uの世界が彼らにとっていかに重要か。これが明示されていないのです。
現実はやり直せない。しかしUならやり直せる。作中のこのコピーはつまり日常現実とUの仮想現実がまったくセパレートされていることのパラフレーズです。
だとしたら、もう何かどうでもよくないですか?
どうでもいい。それはつまりエンターテイメントとして殺人的な欠陥です。
サマーウォーズは「成立」していたよ……?
過去の作品とも比較してみましょう。「こういうの好きだな細田守は」という茶々をいれることすら野暮に思えるほどあからさまな類似の設定。いわずもがな、『サマーウォーズ』です。
『竜とそばかすの姫』でも翻訳監修スタッフをジョインさせ、OZと同様の多言語チャットの演出を盛り込むなど、どうしてもやりたかった十八番設定のように思えます。ここまで状況証拠が揃っていて比較するなと言われる方が無理があります。
今作にひきかえ、サマーウォーズには強い「説得力」がありました。
登場人物たちがOZという仮想現実を守るべき動機が明確です。
「アカウントはすべての生活と直結しているので、失えば社会生活が困難」
「たとえばインフラ関係者のアカウントが不能になれば、仕事が困難になってしまう。インフラが不通になってしまう」
「アカウントが奪われることは、つまり社会的 / 職業的な権限が第三者に奪われることと同義」
などなど。
現実と非現実の橋渡しの理屈がストレートに通っていました。
一方で「そばかすの姫」におけるUの仮想現実空間には、そうしたリアリティが存在しないように思えます。「あまりにサマーウォーズ過ぎる」という世界観の重複を恐れ焦ったのかもしれませんが、これは決定的な欠陥です。たしかにOZに比べれば背景もモブキャラも作りこまれて「ありそうで絶対にない未来都市」の様相を呈していますが、ビジュアルで補えるほど小さな穴ではありません。
「Uを中心に巻き起こる一連の騒動すべてがどうでもいいと感じる」が、前項で述べたような「ベルというキャラクターが歌姫であるという視覚的な説得力がない」というダメージに上書きされながら物語が進みます。要するに死ぬほどどうでもいい時間です。
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必要性のない「美女と野獣」の引用
嫌われ者の “Beast” が孤独に籠る城に、 “Belle” と改称される(自称はあくまでBELL)歌姫。「美女と野獣」の引用と考えるのが妥当ですが、これも表層的なモノで、芯を食っているようには見えません。「美女と野獣」という作品の周辺に散りばめられたルッキズムやジェンダーの描写も皆無。だったらばこれは引用ではなく意味のないオシャレだ。暑いのか寒いのか分からん格好みたいなさ。
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最終的にしっとりムードは豪雨に頼って、晴れ間を見せたらハッピーエンド。
「観客なめとったらアカンぞ」というのが正直な感想です。
敢えて擁護するとすれば、気づいたころにはもう引き返せないところまで来てしまっていて、もう空模様に頼ることしかできなかったのかもしれません。
いいえ、なにも「そばかすのコンプレックスが個性に変わる」なんてベタな結末を心の底から期待していたわけではありませんが……。
アンベールすんのかい!せんのかい!
この物語のクライマックスで、ベルは自らアンベール (=ベール veil を取り除く) します。現実と仮想現実とのギャップを持つキャラクターが、美女と野獣を彷彿とさせる世界観の中で精神的な成長を遂げる。少なからぬ観客の予想の範囲を超えない展開ではありますが、流れに沿った綺麗な道筋を描く素敵なエンディングです。
……と、思った刹那、最後に彼女は謎の力で豪華絢爛な衣装を纏います。
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『な、なぜ……』とヴィランが狼狽えて慌てますが、筆者も同時に震えます。なぜせっかく脱いだベールをまた着てしまうんだ。物語が思い通りにならないことは歓迎です。できることなら毎日映画に意表を突かれながら暮らしたい。
しかしこのラストの演出はあまりにも筋が通らないのではないでしょうか。
結局彼女はベルではなく鈴として、以前よりも前のめりに現実世界へ参加していく。これがこの映画の最終的な結論でした。だったらやっぱりあそこでベールを纏うべきではない。もっと言えばあの場面での歌唱はアカペラの方が効果的だった……というのはやはり凡人の戯言なのでしょうか。
ことごとく空振りする細田守イズム
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「恋をしている」といきなりセリフで説明され、最大のクライマックスの問題解決はすべて周囲の他人の知識とアイデアで解決。無責任な思いつきが偶然にも功を奏した、ってことなんじゃないですか? しかもそれは全て説明セリフで行われます。無理やりにでも恋をさせたかったのでしょうか。
たしかに「あらゆる知恵の結集」「老若男女の団結」というのは脈々と続く細田守作品のトロのような部分ではありますが、無理やりに捻出した印象が否めません。どうにか類似するシーンを盛り込みたかったのでしょうか。
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たしかに魅力的だったが本筋にはまったく関与しなかったカヌー部のアイツ。結局ふつうに全部知っていた合唱部のみなさん。なんだか分からないけど諜報機関みたいなPCを使いこなすアイツ。それぞれは愛おしいけど、絶妙にすれ違っている。どれもこれも「細田守っぽさ」ではあるけれども、それぞれが寸前のところで交わらない。ポカリのダンスみたいだ。
「細田守作品といえば入道雲の似合う夏だ」
「細田守作品といえば地方都市の原風景だ」
「細田守作品にはボーイミーツガールが欠かせない」
「細田守作品はいつだって青少年の成長を描くだろう」
もしかしたら、こうした期待に応えようと四苦八苦して前後不覚になりながらもなんとか劇場用に1本やっつけて出来上がったのが『竜とそばかすの姫』という商品なのかもしれません。
たしかに「細田守といえば」という枕詞の後にはいくつもの表現が当てはまる。あまりに名作を生みだし過ぎた。だからこそ、周囲に求められるイメージや自身が追いかける作品像から過剰に圧迫されてしまったのかもしれない。
アンベールしてありのままをさらけ出す必要があるのは、細田守監督本人だったのかもしれません。
なんかごめんね。すごいズタズタに好き勝手書いてしまいましたが、基本的には応援しています。応援するくらいなんだから、ちょっとくらいは好きなんだよ。
文・川合裕之
編集・安尾日向
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・【〈U〉の世界】はこうして作られた
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・【音楽の力】を信じて――音楽、映像、衣装の面から見たライブシーン――
・【細田守監督】ロングインタビュー
▼インタビュー掲載
エリック・ウォン/水卜麻美(日本テレビアナウンサー)/カートゥーン・サルーン/上国料勇/岡崎能士/ippatu/イケガミヨリユキ/岡崎みな/玉城絵美(H2L)/永田聡/中村佳穂/成田凌/染谷将太/玉城ティナ/幾田りら/役所広司/島本須美/宮野真守/津田健次郎/宮本充/小山茉美/森山良子、清水ミチコ、坂本冬美、岩崎良美、中尾幸世(サイン&コメント)/森川智之/佐藤健/池信孝/上條安里/高知県観光コンベンション協会/常田大希/篠崎恵美(edenworks)/森永邦彦(ANREALAGE)/Ludvig Forssell/坂東祐大/岩崎太整/伊賀大介/藤松幸伸/小野寺丞/川村泰/堀部亮×下澤洋平/李周美×上遠野学×町田啓/青山浩行×山下高明/三笠修/佐藤忠治×勝俣まさとし/西山茂/細田守
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▼PART.1:細田守監督最新作『竜とそばかすの姫』徹底特集50ページ
前作『未来のミライ』から3年、満を持して今夏公開される新作『竜とそばかすの姫』は従来の細田ワールドを踏襲しつつ、国内外から様々なクリエイターが集い、細田守の映画表現をより一層豊かなものへと拡張させている。クリエイター陣の中でもその大きな役目を担うのが、主人公・すず/ベル役を務めたミュージシャンの中村佳穂、そしてメインテーマを手がけた常田大希(millennium parade)だ。今回、細田守、中村佳穂、常田大希それぞれのインタビューを掲載。さらに声優初挑戦となるYOASOBIとしても活躍するシンガーソングライターの幾田りらインタビュー、音楽を担当した岩崎太整、ルドウィグ・フォシェル、坂東祐大インタビュー、そして海外クリエイター陣への取材を通して、主に「歌」や「音楽」にフォーカスして本作の魅力を紐解きます。
▼PART.2:Ado、Eveの貴重なインタビュー掲載。松たか子主演ドラマ『大豆田とわ子と三人の元夫』より主題歌&エンディングを手がけるSTUTSインタビューも
YouTubeフォロワー数が300万人を超え、曲の世界観と完全に融合するMVが支持されるシンガーソングライターのEve、そして昨年10月に「うっせぇわ」で彗星の如く音楽シーンに現れた歌い手・Adoと彼女のイメージディレクターを務めるORIHARAがSWITCH初登場。さらにTVドラマ『大豆田とわ子と三人の元夫』(関西テレビ)にてSTUTS & 松たか子 with 3exesとして制作された主題歌&エンディングが話題のトラックメイカー・STUTSのインタビューを掲載。ドラマとヒップホップの新たな関係性を提示した本企画の革新性に迫ります。
▼【第2特集】アニメスタジオ「MAPPA」設立10周年を作品とともに振り返る
アニメスタジオ「MAPPA」がこれまで生み出してきた名作の数々とともに10年の軌跡を振り返り『呪術廻戦0』『チェンソーマン』といった今後公開予定の新作情報を交えながら、MAPPAの過去・現在・未来を紐解きます。
ユリイカ 2015年9月臨時増刊号 総特集◎細田守の世界-『時をかける少女』『サマーウォーズ』『おおかみこどもの雨と雪』から『バケモノの子』へ( ¥1,650~ )
【補足】批判点:児童虐待のフィクションと現実
本作で主人公らが取り除くべき課題のひとつが1件の児童虐待でした。児童相談所は通報から48時間以内に対応しなければいけませんが、反対に48時間以内であれば47時間59分までセーフ——というルール上の不備に危機を感じた鈴は自ら足を運び救出に向かいます。本人はもとより、周囲の大人までもがその判断と行動を容認するという描写には “フィクションであっても許されない” という旨の厳しい批判が殺到しました。
【関連記事】フラスコ飯店の細田守評
細田守監督作品『サマーウォーズ』解説 | デジモン時代から続く「実線」のこだわり(金城昌秀)
今回、『サマーウォーズ 』と『ぼくらのウォーゲーム!』の両作品を見返してぼくが一番気になった共通点は「線の書き分け」である!
現実世界とネット上の世界OZを差別化するために手描きとCGに描きわけているのはもちろんだが、それだけではない。
キャラクターを描くための実線が現実世界では黒、OZの世界では赤を使って描かれている。この手法は2000年公開の『ぼくらのウォーゲーム!』でも共通している。監督が思い入れのある作品のアップグレードの際に設定や世界観だけでなく、この線の描きわけまで『ぼくらのウォーゲーム!』から変更を加えずに採用したのにはどんなこだわりや理由があるのだろうか…… <<続きを読む>>