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「すみっコぐらし」に見るタナトスとエロス。逆詐欺映画という詐欺。 | 『映画 すみっコぐらし とびだす絵本のひみつのコ』

(C)2019 日本すみっコぐらし協会映画部

僕は、皆が褒めているものは見たくないという逆張りの病に罹ってしまっていて、大抵の名作は見ていません。そのせいで人生の8割を損しているんじゃないかと思うことがよくありますが、治らないものは仕方ないですね。

「すみっコぐらしの映画」の絶賛コメントは僕もタイムラインで見ていたのですが、この病のせいで上映期間中には見に行くことができませんでした。ちなみに同じような理由で、『ドラゴンクエスト ユア・ストーリー』なども見ていません。『時をかける少女』も、見たら大事な何かが壊れてしまいそうでまだ見たことがありません。

しかし、「すみっコ映画」の第二弾は主題歌がBUMP OF CHICKEN! 中学生の少ないお小遣いで買ったCDコレクションのうち半分がBUMPだった僕としては、これは見逃すわけにはいきません。というわけで、前作をまずは見てみることにしました。

「飛び出す絵本とひみつのコ」は「逆詐欺」というキーワードでバズった印象があったのですが、端的に感想を言いますと、「逆詐欺っていうのが詐欺じゃん!」と思ってしまいました。

「逆詐欺」というキーワードで喧伝されることによって、僕らの中にはある種の期待が生まれていました。しかし、その期待は裏切られてしまった。それも悪い意味で。この裏切りを、僕は詐欺的だと言いたいのです。一体「逆詐欺」の何が詐欺的なのか。それを考えていきたいと思います。

しかし、それだけでは映画外部の話に終始してしまうので、最後には、登場キャラクターである「とんかつ」と「ひよこ」について、タナトスとエロスというキーワードを使って説明を試みます。

「逆詐欺映画」という詐欺

(C)2019 日本すみっコぐらし協会映画部

「飛び出す絵本と秘密のコ」は、前述したように「逆詐欺映画」というキーワードで持て囃されていました。

どうやら、キャラクターたちの見た目とストーリー構成にギャップを感じ、それを「逆詐欺」と表現しているようです。

もともと子どもを想定した商品展開が中心であったことやかわいらしい見た目から、本作も子ども向けアニメとして捉えていた人も多かったようだ。ところが公開直後から「子どもに付き添って観たら思わず号泣してしまった…」、「予想外の結末にとにかく泣ける!」といった声や、ほかの映画に例えて「パステルカラーの『ジョーカー』」「アンパンマンだと思って観たら攻殻機動隊だったほどの衝撃」などの感想がSNSで瞬く間に広まり、そのギャップから“逆詐欺映画”とまで称された。

MOVIE WALKER PRESS「“逆詐欺映画”に“パステルカラーの『ジョーカー』”!?『すみっコぐらし』が大人に刺さる理由とは?」

ここで、そもそも「逆詐欺」とは何かということについて考えてみましょう。

まず広辞苑(第七版)で「詐欺」を引くと、「いつわりあざむくこと」と説明されています。ちなみに「あざむく」は、「本当のことだと思わせる。裏切ってないように見せかける。だます。まどわす」という説明があります。なるほど、やはり「詐欺」には負のイメージがあるようですね。

それでは「逆詐欺」とは、一体何が「逆」なのでしょうか。

「詐欺」はあざむき、裏切り、だまし、まどわしますが、「逆詐欺」もあざむき、裏切り、だまし、まどわすことは共通しています。ただ、その裏切りはいわゆる「良い裏切り」なのです。ほんわか子ども向けムービーだったら、意外と重厚な作品だった! という驚き。

しかし、この「逆詐欺」という形容はほとんど詐欺的であると僕は思います。これを逆詐欺だというのであれば、そもそも映画というものを舐めている可能性さえある。

映画に要請される物語の強度

(C)2019 日本すみっコぐらし協会映画部

すみっコぐらしはサンエックスのキャラクター。1993年生まれの僕と同年代の方に伝わるようにするなら、「アフロ犬」や「たれぱんだ」の後輩に当たります。基本的にはイラストでコンテンツ展開が行われていますが、YouTubeなどで短い動画も公開されています。なるほど、たしかにYouTubeの動画にアップロードされた動画に比べると、映画はかなり重厚なストーリー構成になっているように思います。YouTubeの方は大抵、すみっコがふわふわ動いているうちに終わってしまいますからね。

しかしそもそも、短い動画と映画とでは、要請されるストーリーの強度や構成は全く異なるものになるのです。

子ども向けアニメとその映画版のことを思い出してみてください。ドラえもんも、クレヨンしんちゃんも、ポケモンも、アンパンマンも、普段の放送に比べると、映画版はかなり重厚で感動する内容になっていますよね。すみっコぐらしでもこれと同じことが起こっているだけだと考えれば、逆詐欺と表現するには及ばないのではないでしょうか。

「逆詐欺映画」と聞いて僕が真っ先に想起したのは、『劇場版 魔法少女まどか☆マギカ』でした。もちろん、先に深夜アニメの『魔法少女まどか☆マギカ』を見ていた人はそのストーリー構成に驚くことはないでしょう。ただ、劇場で見かけて「おジャ魔女どれみとかプリキュアみたいなものかな……?」という期待を持って見ると、見事に裏切られること間違いなし。これは単純に詐欺的だと思いますが、ダークファンタジー好きな大人のお友だちにとっては「逆詐欺」的な要素にもなりうるでしょう。

(C)Magica Quartet/Aniplex・Madoka Movie Project

劇場版のすみっコぐらしに関しては、誰かが死ぬわけでもなければ流血するわけでもなく、ただただ平和な映画。ちょっとした冒険はもちろんありますが、ずっと安心して見ることができます。ドラえもんの劇場版を、さらに優しくしたような感覚。

すみっコぐらしはマジのマジのマジで可愛い

(C)2019 日本すみっコぐらし協会映画部

それでは劇場版すみっコぐらしが駄作なのかというと、全くそんなことはありません。ただ、「逆詐欺」と聞いていたせいで自分の中のハードルが上がってしまい、「なんだよ! 別に逆詐欺じゃないじゃん!」と思っただけ。それを割り引いても、十分に素晴らしい映画だったと思います。

まず、すみっコ(すみっコぐらしのキャラクターのことを「すみっコ」と言います)がめちゃくちゃに可愛い。普段はグッズなどで見慣れているので、それが延々動くということが尊すぎます。また、本作はすみっコたちが絵本の世界に迷い込むというストーリーになっているので、すみっコたちの昔話コスプレ姿を堪能することができるのです。最高ですね。

正直、映像化の破壊力を舐めていました。最初の5分で行われるキャラクター説明だけでもう可愛すぎるのですが、この作品はそんなすみっコたちの姿が65分間も楽しめるのです。

脚本は京都の人気劇団・ヨーロッパ企画の角田貴志さんなので、もちろん構成になんら文句はないのですが、すみっコたちの可愛さの前では、このストーリーは引き立て役かなと思います。

とんかつのタナトス、ひよこのエロス

(C)2019 日本すみっコぐらし協会映画部

劇場版すみっコぐらしはすみっコの可愛さを堪能していただければそれで十分なのですが、「脚本的にこんな考察もできる」と思ったので、最後に試論として付け加えます。

僕が注目したいのは、すみっコの1人(?)である「とんかつ」と、本映画で初登場となった「ひよこ」です。僕はこの2人(?)のキャラクターに、フロイトの言う「タナトス」と「エロス」の関係性を見出すことが可能なのではないかと考えます。

Caution!!

以下、物語の核心に触れるところがありますので、未視聴の方はご注意ください。

すみっコたちには、それぞれ様々な背景があります。たとえば、「しろくま」はとっても寒がりで北から逃げてきており(かわいい)、「ぺんぎん」は自分がぺんぎんかどうか自信がなく(かわいい)、「にせつむり」は本当はなめくじだけど殻をかぶってかたつむりの真似をしています(かわいい)。

そんな中で、「とんかつ」は脂身たっぷりなトンカツのはじっこで、人間に残されちゃったのでいつかは食べてほしいという願望を抱いています。そのため、映画の中でもケチャップなどを頭に盛り、いかにして食べてもらおうかと試行錯誤するシーンがあります。

つまりとんかつは、「誰かに食べてもらう = 理想の死を遂げる」ために生きているのです。死こそが彼の生の目的。とんかつは、できるだけ早く死にたいというマゾヒズム的な欲動を抱えています。

一方でひよこは、長らく絵本の中で一人ぼっちでした。真っ白な空間で、周りには誰もいない。生きている意味なんて見いだせない世界の中で、それでもひよこは生きようとしていました。そして願いが届き、すみっコたちと出会って初めて生らしい生を送ることができるようになったのです。

こうしてみると、とんかつとひよこは、全く別方向の欲望を抱えていることがわかります。フロイトの用語を使ってみれば、とんかつは死の欲動(タナトス)を持ち、ひよこは生の衝動(エロス)に突き動かされて生きているということができるでしょう。

可愛い顔をしていますが、とんかつのタナトスはそれなりの狂気を備えているように思えてなりません。たとえば同じような死の欲動を抱えているキャラクターとして、僕は『ゴールデンカムイ』に登場する殺人鬼・辺見和雄を想起しました。彼は、幼い頃に弟をイノシシに殺された経験から、いつか必死に抗った末に殺されたいという願望を抱いています。すみっコぐらしの世界観では、とんかつが最終的に食べられて終わりなんてことは考えられませんが(そんなことしたら、かわいいとんかつをもう見られなくなってしまう……!)、とんかつの中に渦巻いているタナトスを考えると、少しすみっコたちを見る目が変わってきてしまいます。

……というような考察も一応可能ではあるのですが、そんなことは些末な問題です。

やはり劇場版すみっコぐらしは、すみっコたちを愛でることができればそれで十分なのです。早く劇場版第二弾が見たい!!!!

 文・あとーす
編集・川合裕之

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