I’m back. Omatase. 

雑味を味わおう、ローファイ定食

これもマスト?あれもマスト?

世の中にはコンテンツの品数が多すぎる。

どんなカルチャーを食べてよいかわからないと悩まないよう、フラスコ飯店が食べ合わせの良い「定食」を自信をもってご提案いたしましょう。ひとつのテーマに沿って映画・書籍・音楽… などなど媒体を横断した鑑賞セットを考案します。

今回のテーマは「ローファイ」。

pavementやGuided by voices、Sebadohなどのミュージシャンらに代表される音楽ジャンル、演奏・録音様式の一つですが本稿ではその定義を映画等にも敷衍して「ローファイ的」である作品をいくつか紹介します。

文・田井中芳樹

もともとローファイ(Lo-Fi)は low-fidelty に端を発する言葉であり、Hi-Fiの対義語として音質や録音環境があまり良くない状態を指すものでした。

80年代、録音・加工技術の発展とともにアメリカのメジャーシーンはオーバープロダクションとも取れるような絢爛豪華なサウンドへと進んでいきます(80年代に最も売れたアルバムがマイケルジャクソンのスリラーだと聞くとなんとなくイメージできるかもしれません)。

一方で宅録手法も普及したことでこのような豪華なサウンドに対するカウンターとしてDIYでチープなサウンド・捨て鉢な演奏・歌唱スタイルを志向するバンドが台頭してきました。その代表格として90年代初頭〜中盤に人気を博したpavementやBeck、Guided by Voicesらを呼称するのにローファイという言葉が広く用いられるようになりました。

意図的に安っぽい機材を用い、雑音や不明瞭なサウンドを取り入れるスタイル――音楽批評においてはDIYという単語とほぼ同義で使われていた時期もあったとされるように、ローファイという言葉が内包するものはその録音状態に留まらず、その音楽を取り巻く価値観やカルチャーとも結び付いていると言えます。

とりわけpavementはその価値観を形作った代表的なバンドと言えるでしょう。特に初期のpavement は非常に「ローファイ的」です。正確なピッチやBPMに依拠し過ぎない演奏、ヘロヘロで投げやりなボーカル、立ち位置が謎なボブ・ナスタノビッチの存在――。

本稿ではそんな特徴も「ローファイ的」だと大味に定義して、それに当てはまる作品をいくつか紹介していきます。ハイファイで情報過多な日常に疲れた時にはきっと寄り添ってくれることでしょう。

「ローファイ定食」の献立

・『Alien Lanes』Guided by Voices(1995)
・映画『デス・プルーフ in グラインドハウス』
・白泉社『駄目な石』

『Alien Lanes』Guided by Voices(1995)

本稿では映画や書籍にも敷衍して、とは述べましたがやはり最初は音楽作品を紹介しましょう。音源を聴きながら「ローファイってこんな感じ」というイメージを共有してもらえたらと思います。

pavementと並んで「ローファイと言えば?」と問われて名前の上がるバンドことGuided by Voices。非常に多作なことでも知られるこのバンドですがそのどれもがメロディが良く、個人的にはpavementよりもこっちの方が好きかもしれません。

ローファイミュージックの入門としてもとっつきやすいバンドだと思います。このアルバムは一曲目の冒頭からさりげなくノイズが流れてくるので(さりげないというところが大事)ローファイを知るのにも適しているはず。

Alien Lanesは28曲(!)ですがそのうち2分を越えるものは4曲のみ。良メロのショートチューンが矢継ぎ早に過ぎていく構成になっており、決して重たくはないアルバムです。Game of Pricks(M-7)は彼らの代表曲ですがもっと聴きたい! と思ってしまうような泣きのリフと魔法のメロディが1分30秒でさらっと終わってしまいます。それが彼らの美学でありユーモアであり、音響とは別のところでローファイバンドと呼びたくなる理由の一つなのかもしれません。

Game of Pricksと並んで好きな曲がA Good Flying Bird(M-9)で、こちらもメロディが秀逸。ヘロヘロなサウンドに乗せて頼りない声でイェーイ! なんて歌ってしまうところがたまらなく好きです。こちらも1分と少しで終わってしまうのですが最後に差し込まれる “Fools and kings decide ways to live your life This is just the way we want to be”というラインが印象的。

フロントマンであるロバートポラードはパートタイムで教師をしながらDIYな活動をしていましたが制作費を賄えず一度はバンドを諦め、フルタイムでの教師に戻りました。ところが最後のアルバムが注目を浴びレーベルの目に止まり、すぐにバンド活動を再開することになります。そんなドラマチックなストーリーを経てGuided by Voices がある程度バンドとして脂が乗っている状態で制作されたアルバムがこの『Alien Lanes』です。ローファイスピリットはそのままにどことなく不遇時代を思わせるようなラインもあり、彼らのキャリアを代表する作品の一つであると言って差し支えないでしょう。(Guided by Voicesは2004年と2014年にも解散し、2016年に再結成しています)

ちなみに

pavementもGuided by Voicesも作品を追うごとに演奏力や音質が向上して原義のローファイからは離れていきます。Guided by Voicesで言うと名曲Teenage FBIが収録されている99年のアルバム『Do The Collapse』はweezerの青盤緑盤を手がけたリック・オケイセック(カーズのフロントマンでもある)がプロデューサーを務めており、「ローファイとはなんだったのか」と言ってしまいたくなるぐらいパキッとしたサウンドになっています。パワーポップと言う方がまだしっくりくるでしょう。

というわけで音楽以外の作品も……

「pavementの2nd以降はローファイとは信じない」「テクニックとしての意図的なローファイはローファイではない」という意見もありますが本稿ではそういうものも広義のローファイとして考えていこうと思います。多くの音楽ジャンルと同様形骸化してしまった言葉でもあり、ローファイが盛り上がりを見せていた時期私は生まれていないのですが、当時に思いを馳せてその音楽が目指したもの・内包しているイメージを別の作品にも見つけてみようという試みであると理解していただけますと幸いです。

というわけで音楽以外の作品も……

『デス・プルーフ in グラインドハウス』 (2007)

今夏の最新作『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』も話題になったタランティーノ監督の2007年の作品。ざっくりした内容としては狂った男性とやんちゃな女性のカーアクションという感じでしょうか。タランティーノらしいバイオレンスもたっぷりと入っています。

しょっぱなからノイズ混じりの映像、途中で差し込まれるモノクロのパート、ところどころ不自然なほどに「カメラの存在」を意識してしまうようなカメラワーク――手法としてのローファイ要素がふんだんに盛り込まれた映画です。

面白いのはこれらの要素が強いこだわりを持って取り入れられたことが素人目にも明白なところです。70〜80年代のB級映画のオマージュとしてフィルムの傷やリールのダブりが再現されているのですがこれを見て「下手だ」「安っぽい」とは誰も思わないでしょう。チープな映像パートが「ある種のノスタルジーを喚起させる」だけでなく「ストーリーの切れ目を際立たせる」という意味でも大きな役割を果たしています。

上手く雑に撮る、ということでしょうか。頭がこんがらがってしまいそうだ。ローファイ的な価値観として序盤に説明した「これでもええやん」という投げやり感とはむしろ対局の意図を持って作られています。そういう意味ではエセローファイと言ってもいいのかもしれません。
 
長尺の会話パートとアクションシーンの緩急も見事。展開にハラハラして食い入るように見てしまい気づいたら終わっている、そんな魔力を持った映画であることは間違いありません。

余談ですが

ミツメのベーシストnakayaan氏は同名タイトルのソロ音源をbandcampでリリースしています。アートワークも映画そのまま。宅録ライクではありますがローファイという感じではありません。

『駄目な石』平方イコルスン(2015)

いわゆる日常系や空気系に分類される短編漫画集。絵柄自体はパキッとしていますが全編に渡ってスクリーントーンは用いられておらず、セリフも写植ではなく手書きで、こうしたアナログな手法が画面全体にどこか懐かしい空気感を与えています。

とにかく会話に割かれるスペースが多く、一歩間違えてしまうと読みづらくなってしまうギリギリのラインをユーモア溢れるやり取りが渡っていく――そんな印象でしょうか。

「めたけび」
「骨肉ラブ」
「宿場町占拠して大名行列襲いかねない顔」

など特定のセリフ回しのためだけに作られていそうな話もあり、フレーズへの並々ならぬこだわりを感じます。登場人物が固定されている訳でもなくそれぞれの関係性や背景に関してはある程度の余白が与えられている、ある種捨て鉢な作りはローファイ的、pavement的と言えそうです。覚えた言葉を友達との会話ですぐに使いたくなるような感覚に覚えのある人はきっと楽しめるはず。

おわりに

「ローファイ定食」と題して3つの作品をご紹介しました。音楽ジャンルを異化して紹介するという試みでしたが、読者の皆様もそれぞれ異なる「ローファイ観」をお持ちのことと思います。よかったら是非考えてみて下さい。「これがローファイ」と思う作品があれば教えてくれると嬉しいです。

ダニエルジョンストンはローファイの先駆者と呼ばれたミュージシャンで今年の九月に訃報がありました。チープな録音とユニークなアートワークで知られ、双極性障害や統合失調症とも戦いながら多くの作品を残しました。

文・田井中芳樹
94年生まれ。音楽を聴いたりドラムを演奏するのが好きです。お手本みたいなくしゃみをします。

    編集・川合裕之(フラスコ飯店 店主)
アイキャッチ・ちささこ

参照:

Adam Harper. Lo-Fi Aesthetics in Popular Music Discourse 2014.

おかざきよしとも ”ローファイ”とは結局なんなんだ ブンゲイブ・ケイオンガクブ 2018年

増田聡 ローファイ・ミュージック 日本大百科全書(ニッポニカ)(コトバンク)

平方イコルスン先生インタビュー 【成程】 東京マンガラボ 

Eric T. Miller.  “GUIDED BY VOICES: ROBERT POLLARD, WHO ARE YOU?” MAGNET. 1996.

Steven Hyden.  Alien Lanes Pitchfork. 2016.

窪田薫(ナツノムジナ) 『名ムダリストを聞け 第一回「叫び、叩き、立つ男」ボブ・ナスタノビッチ(pavement)』  トーキョーコミューン通信 NO-001 2017年

The 100 biggest selling albums of the 80’s (USA)  rateyourmusic

CDラックが映し出す、バンアパ木暮栄一さんのマインドセット TABI LABO 2017年

Tony Grajeda. ‘The Sound of Disaffection.’ 2002. In Henry Jenkins, Tara McPherson and Jane Shattuc eds., Hop on Pop: The Politics and Pleasures of Popular Culture. Duke Univ Pr. 2003.

McPherson and Jane Shattuc eds., Hop on Pop: The Politics and Pleasures of Popular Culture. Duke Univ Pr. 2003.

Amy Spencer.  DIY: The Rise of Lo-Fi Culture. Marion Boyars. 2008.

小熊俊哉  髭 × Homecomings × Helsinki Lambda Clubが語る、スティーヴン・マルクマス/ペイヴメントの愛すべき魅力 Mikiki 2019年

増田聡 『その音楽の〈作者〉とは誰か――リミックス・産業・著作権』 みすず書房 2005年

▷そのほかの定食

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関連:ローファイとは?【フラスコ用語辞典】

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