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「バック・トゥ・ザ・フューチャー」は家父長制主義で白人至上主義? ロバート・ゼメキスの本心を探る

【こっちもオススメ】
映画音楽にはその時代の景色が詰まっている(BttF評)

「バック・トゥ・ザ・フューチャー」は誰もが愛する名作ですが、実はこのエンタメ、用心しないと見逃してしまいそうな些細な些細な政治的メッセージが隠されています。それを大っぴらにすることなく、表面上では老若男女が理屈抜きで楽しめる。楽しめてしまう。『バック・トゥ・ザ・フューチャー』という映画の一番残酷なところです。良薬口に苦し。裏を返せば、甘いものは身体に悪いかもしれないということです。

ロバート・ゼメキスは稀代のエンタメ映画作家ですが、その一方で彼の映画を丁寧に読むと、実は意外に極めて政治的な人なのでは?としか思えないような映画の作りをしているのです。エンタメはエンタメ。そこに水を差すつもりはありませんが、敢えてこう書きましょう。『バック・トゥ・ザ・フューチャー』という映画は極めて「保守的」な映画であると。白人至上主義的で家父長制的な「強さ」の映画であると。

CAUTION!!
とても長い記事です。

-目次-

  • 「保守的な」アメリカとは?
  • 誰がチキンだ!BttFの世界の根っこにある家父長制主義
  • BttFの世界に潜む白人至上主義
  • 影の主人公、レーガン
  • そもそも何したひと? レーガンの政策を振り返る
  • じゃあ「黒人市長問題」は?
  • 意地悪こそ、隠れている

「保守的な」アメリカとは?

まずは「保守」とは何なのかを定義しましょう。大きな変化を拒みながら「保ち」「守る」。一体何を? まずはこの動詞の目的語を定義しておきましょう。

・家父長制主義
・白人至上主義

ロバートゼメキスという映画作家、並びにBttFをはじめとする彼の作品を「保守的だ」と語る場合に論点となるのはこの二つの価値観です。

家父長制は、平たく平たく平たく言えば男尊女卑のこと。国家の決断から、日常のささいなことまであらゆる決定権は女性ではなく男性が握ります。もう少し解像度を上げましょう。家父長制主義は年功序列主義でもあります。「親に向かってなんだその口のきき方は!」という台詞は、往々にして家父長の持ち物なのです。たとえば「お~い、お茶」と呑気に呼ぶだけで、伴侶の女性がお茶を沸かして運んできてくれる、なんて具合です。男性の家父長が意識的に、あるいは無意識的に権威を誇示したがります。だからこそ鍛えられた肉体が正義であり、経済的にも豊かである必要があるのです。あらゆる「強さ」に価値があります。

白人至上主義とは、読んで字のごとく白人が他のどの人種よりも優れているのだ、という今時ぜったい流行らないキケンな思想です。たとえば黒人(注1)を奴隷として扱うことに何のためらいもなかったり、奴隷制が撤廃された後も60年代まで選挙権がなかったり。こうした事実に底流する考えです。

さて、どうでしょうか。白人の男性 “以外” の人間にとってはお世辞にも心地よいとは到底思えない、とっても窮屈な考え方ですね。いわゆる「マッチョな」価値観です。

アメリカ建国以来脈々と続くこの旧来的なこの価値観を、彼らにとっての「古き良き」アメリカの姿を、どうにかして「保ち」「守る」。これがこの記事で論じる「保守」の内訳です。

注1:肌の色ではなくルーツで区別して「アフリカンアメリカン」と表記するべきかもしれませんが、便宜上このように表します。

誰がチキンだ!
BttFの世界の根っこにある家父長制主義

まずは家父長制主義について考えてみましょう。そもそも、「バック・トゥ・ザ・フューチャー」という映画には、家父長制の考えが図太く1本通っています。この映画を俯瞰してみると、次の二つの信念が浮かび上がります。

・相手が誰であろうと「チキン」「腰抜け」と馬鹿にされるのは許せない

・ナヨナヨしてビフにいびられている父・ジョージのことを好きになれない

これが主人公のマーティーのキャラクター像であり、物語の根幹です。この二つのポリシーにはそれぞれ「男なら」という形容詞がぴったり似合います。「男なら」馬鹿にされて黙っているわけにはいかない。「男なら」ナヨナヨしっぱなしではいられない。とまあ、こんな具合です。

BttF1作目のマーティーの目的は、

  • 1955年から1985年に帰る
  • 作ってしまったタイムパラドックスを修正すべく、父親と母親の恋を成就させる

のふたつです。

父親と母親の恋の成就のために、マーティーはあの手この手で、自分の父親を「男らしく」叩き直そうと腐心します。かくしてジョージは、自分の将来の嫁さんのために恋敵のビフをぶん殴るのです。やったね!

未来に戻るとジョージをいびっていたはずのビフは小間使いになり、前よりもちょっとだけ裕福な家庭で、良い食事、良い洋服、良いクルマ。なんだか頼りがいのある、素敵なダディが妻や子どもと仲睦まじく暮らしているのでした。

そう、これは父親が復権するまでの物語。失われた家父長の威厳を取り戻すための筋書きです。ナメられたままでホンマにええんか。いてもうたらなあかんぞ。そんな力強く筋肉質な正義感が物語の原動力なのです。

なるほど、たしかに映画が公開された85年のアメリカにとって、「男らしさ」「威厳」は死活問題でした。苦しいベトナム戦争は事実上の敗北、ヒッピーが既存の秩序を無視し、黒人や女性は今まで持っていなかった権利を獲得していく。「白人だから」「男性だから」という立場にかまけていた者の指から既得権益とプライドがさらりさらりと抜け落ちてしまっていったのですから。

BttFの世界に潜む白人至上主義

IMDb より

次に、白人至上主義について考えます。BttFという映画は非常に政治的で、特に白人至上主義的な作品である――というのは多くの先人たちが指摘している通りです。具体的に映画と照らし合わせながら、改めて考えてきましょう。

消えたムーブメント

1985年の「現代」で暮らすマーティがタイムスリップしたのは1955年。60年代と70年代を思い切って完全にスキップしています。タイムトラベルものなのだからそういうもの、と言ってしまえばそれまで。一言で片付けてしまっても良いですが、当時はカルヴァンクラインなんて無かったよね……なんて「カルチャーギャップ」を楽しむのであれば他の時代でも良かったはずです。

50年代後半から60年代は黒人公民権運動がさかんだった頃。アメリカを中心に、世界中が大きな「渦」を巻き起こして前進に向かっていた時代です。キング牧師やマルコムXなどが先頭に立って、今の時代の礎を築いてきました。

そんな時代をこの映画はまるっとすっ飛ばしているのです。

デロリアンで30年前にひとっ飛び。寄り道するどころか、窓から景色を楽しむ余裕すらありません。60年代は人種主義的な価値観にひびが入り、白人にとっての特権階級にきずがついた時代です。BttFはそんな60年代より前、つまり人種差別が残り、階級に大きな差がある時代にジャンプしたのです。

ロバート・ゼメキスは、白人の権威性が揺らぐきっかけとなった時代から目を背けたかったのです。――と、このように力強く断言すると、なんだか知覚過敏な詭弁のように思われてしまいそうですが、奥まで奥まで深掘っていくとこの疑念が確信に変わっていきます。

『フォレスト・ガンプ』で描かれなかったもの

少し横道にそれますが、ロバート・ゼメキスのもう一つの代表作である『フォレスト・ガンプ』(1994)を振り返ってみましょう。あれ?やっぱりロバート・ゼメキスって?疑いの輪郭がどんどんはっきりしてきます。

『フォレスト・ガンプ』でも同様に、50年代後半、60年代の黒人公民権運動が意図的にデオドラントされています。

この映画では主人公フォレスト・ガンプの半生を通して、60年代、70年代のアメリカの姿がダイジェスト的に描かれていますが、黒人公民権運動に関してはかなり手薄です。

たとえば、フォレスト・ガンプの生まれ故郷はアメリカ南部、それもモンゴメリー州であるにもかかわらず、キング牧師のバスボイコット運動が描かれることはありません。

◎モンゴメリーのバスボイコット運動

当時は公衆トイレや飲食店、交通機関などは白人用と黒人などの有色人種(よくない言葉ですが colored と呼びました)用でわけられていました。おどろくことに、慣例的にではなく「法律で」そう規定されていたのです。これに異を唱えた者たちが反旗ひるがえします。

1955年(BttFでタイムスリップした先の時代です!)、白人専用席も黒人専用席も満員になった場合には黒人が白人に席を譲らなければいけないというのが当時の決まりでしたが、仕事で疲れていたローザ・パークスさんはこのルールを拒み、逮捕されてしまいした。

この時代のアメリカ南部では当たり前のことでしたが、いやいや、それはおかしいと虐げられてきた者たちがこの事件をきっかけに声を挙げます。キング牧師が先導してバスの乗車のボイコットを呼びかけました。ボイコットはおよそ1年続き、ついに連邦最高裁判所は、バスのシートを人種で分けることを違法と認め禁止するよう求めました。

徹底した非暴力で権利を勝ち取った象徴的なムーブメントです。

『フォレスト・ガンプ』はアメリカ南部の話なのに、バスボイコット運動は描かれていません。しかし、そうかと思えば56年のアラバマ大学の騒動については描かれているのも不思議です。アラバマ大学に初めて黒人の学生が迎え入れられた際には大きな摩擦がありました。人種隔離を声高に訴える白人市民は黒人を排斥しようと過激な運動を熱心に行います。火種はさらに大きくなり、最終的にはケネディが旗を振るホワイトハウスとアラバマ州とが対立するまでになりました。この事件はそっと映画に挿し込まれているのです。

そうなのです、ロバートゼメキスは60年代の公民権運動について、知らないはずはないのです。

ほかにも、ベトナム戦争に出兵はするものの、悲観的な部分はすぐに忘れるような映画の作りになっていたり、彼は描くものと描かないものを非常に恣意的に選択して物語を作っているのです。

BttF にしたって、85年の市長は黒人。当時の実際のアメリカの姿が反映されています。BttF2で描かれる未来のアメリカでは「ベトナムでサーフィンを!」というポスター広告が張り出されていたり。あんな戦争があったベトナムでは物理的にも、そして国交的にも到底レジャーでサーフィンではできないけど、いつか未来は……という前提に成り立つ小ネタです。

ほかには、こんな場面も。85年から55年に戻ってしまったマーティは、過去のドクの家を訪ねますが、どうにも住所を読んでも場所が分からない。聞き込みを続けてようやくその場所を特定することに成功します。「なるほど、85年で言うところのジョン・F・ケネディ通りの向こう側ってことね」と納得するわけです。ヒルバレーという架空の町で、ケネディの存在だけはリアルに仕立て上げている。

ロバート・ゼメキスはエンタメに振り切った作家のように見えて、政治と歴史、もとい政治的な歴史には非常に敏感な人間みたいです。

あれも、これも
「勝手な深読み」では片付けられない

そう考えるとこの映画およびシリーズ全体が少しずつ歪んで見えてきます。

古き良き西部

BttF3でマーティとドクが活躍する舞台は「古いあの頃の西部時代」です。1885年の西部時代。より詳しく言うならば「白人によるアメリカ西部への開拓時代」といった具合でしょうか。白人の都合だけでネイティブアメリカンを武力で駆逐した時代を「古き良き時代」と言い切ってしまって良いのでしょうか。アメリカの帝国主義、と言い換えても良いでしょう。

あれ、そういえば、おかしいな。どうして西部開拓時代の町なのに黒人の姿が見えないのだろうか。

チャック・ベリーの剽窃問題

BttFを人種主義から論じる際によく言われるのがこれ。ロックは黒人側の音楽だったはずなのに、歴史が塗り替わって白人のものにされているではないか! という議論です。

「魅惑の深海パーティー」で急遽バンドの代役を務めることになったマーティ。オールディーを、と言いながら当時の人にとっては全く新しいロックを披露します。先取りした旬の音楽に会場は大盛り上がり、そしてこれが回りまわってあのチャック・ベリーの耳に届く……というシナリオが一部から強いブーイングを食らったのです。

黒人のトロフィーのひとつを白人が奪ったのだと。ロバート・ゼメキス本人は単なるジョークのつもりだと弁解していますが、それにしては「フリ」が効きすぎている。冗談だったとしても冗談として成立させない材料が揃いすぎています。

「ちょっと待って、いち個人が製作したひとりの若者の冒険劇が、どうして国家がらみの言説になっているの?」なんて声が聞こえてきそうですが、そこまで飛躍した話ではありません。BttFと政治の間にはいまだに大きな溝があるように見えますが、しっかりと準備運動をしてから飛び込めば、対岸まで飛び越えることができます。決め手はレーガンです。

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影の主人公、レーガン

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家父長制主義と白人至上主義の絡み合う「強いアメリカ」像を牽引するのがこのレーガンという男でした。

レーガンは80年代を代表するアメリカの大統領。80年代と言えばレーガンです。俳優、州知事、そしてアメリカ大統領という煌びやかな経歴を持つ男です。「バック・トゥ・ザ・フューチャー」にも名前が登場します。

「未来から来た?じゃあ85年の大統領は?」

「ロナルド・レーガンだよ」

「レーガン?俳優の?」

とまあ、こんな具合です。50年代には俳優でしかなかった彼が、30年後にはまさか大統領に! 「30年前の当時はまさか大統領になるなんて誰も思ってもみなかったよねえ」という共感がおかしみを生むギャグなのでした。

ちなみに、タイムスリップした先の1955年の映画館で上映されていた『バファロウ平原』という西部劇もレーガン主演の映画です。なんてことない小さな時事ネタですが、これは見逃せない事実です。ロバート・ゼメキス監督が、レーガンを認知し、そして非常に友好的であることがわかります。

それもそのはずで、BttFが公開された1985年はまさにレーガンの絶頂期です。1980年に大統領に抜擢されたレーガンは4年の任期を終え、1984年にも再選を果たしています。その翌年に公開されたのがBttF という前後関係が背景にあります。

1980年:大統領初当選
1984年:再選!
1985年:『バック・トゥ・ザ・フューチャー』(1作目)公開

くわえて、先述の通りレーガンにはラジオやテレビでのキャリアがあります。ここで培ったメディア出演のスキルもフル活用して頭角を現した「スター」なのです。1982年頃から彼は「グレートコミュニケーター」とマスコミにもてはやされるようになります。自信たっぷりに語る雄弁な、まるで親分のような姿がアメリカ市民を安堵させたのです。

そもそも何したひと?
レーガンの政策を振り返る

さて、何だか大きな磁場を持っていそうなレーガンですが、具体的に彼が何を目指し・成し遂げてきたのかを振り返ってみましょう。ひとことで書くならば「グレートなアメリカ」の復権です。Great, つまり「強い」アメリカ。60年代や70年代には失われてしまい感じられなかった「強さ」を取り戻そうとしているのです。

そして面白いことに、ロバート・ゼメキス監督の手がけるBttF は、レーガンが牽引してきた保守の立場ときっかりぴったり重なっています。

軍事費を惜しまずジャブジャブ!外国に負けない強気な姿勢!

レーガンは他国に対して「強気」な姿勢を貫いた男です。80年代のどアタマ、1981年にレーガンが大統領に就任する前はカーターという人が大統領をしていましたが、レーガンはカーターの対外政策を激しく批判していました。アメリカにとって脅威であるソ連を無視し、イランともゴタゴタしっぱなしで、イランの大使館では52名の外交官らが人質になったり。60年代、70年代をまたいで苦しみ喘いだベトナム戦争で敗けてしまった傷跡が癒えぬまま、ぱっとせずに苦しい状況が続く中、それでもカーターは国民はどうか耐え忍んで欲しい、と訴えたのです。これに反旗を翻したのがレーガン大統領候補。

いやいやそうじゃないでしょ!もっと強気に!世界に対して存在感を示して、アメリカの威信を誇示しないと!

そんな強気の尖ったスタンスが国民に受け入れられ、レーガンはカーターを破り大統領に就任しました。就任後はジャブジャブと軍事費を投じて、「強い」アメリカを体現していきます。レーガンの80年代では、アメリカがある意味での「プライド」を復権していく時代だったのです。

あれ、なんだか聞いたことある話ですね。やられてばっかりではいられない! と父のジョージのプライドを取り戻させようとするマーティの姿と重なります。

「もっと強気に!」というバイブスをゴリゴリの勢いで実現してゆきます。レーガンは就任直後から全体の予算は削りながら、国防費は50億ドル増額することを提案。ソ連を「悪の帝国」と呼んで猛烈に避難し、軍備を拡大して強硬路線を走ります。「もしソ連から核ミサイルが飛んで来たら、人工衛星からレーザー光線を飛ばして撃ち落とそうぜ!!」という「スターウォーズ」さながらの計画に予算が投じられたり。本当に大真面目に言っていました。

また、グレナダ、ニカラグアといった南米の第三世界に積極的に干渉していきます。もちろん軍事費がかさめばそれだけ物資が必要になり、その分経済が回ることも忘れてはいけません。

なぜリビア人?

IMdb より

そういえば、映画の最初の見どころであるショッピングモールの駐車場のシーンでは「中東とゴタゴタしていて煮え切らない」という時代背景も反映されていますね。デロリアンの動力であるプルトニウムをドクに提供し、そしてドクを殺そうとしていた過激派組織は、中東リビアの過激派組織です。ドクは銃撃を受けてしまいますが、タイムトラベラーとなったマーティの助言を得たドクは防弾チョッキを着ていたため、一命をとりとめます。中東の過激なテロリストにやられたままにではいられない!やられるわけにはいかない! という思念が奥に潜んでいるように思えてなりません。

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小さな政府:国民に対しても「強さ」を望む

さて、ここまでは国防――つまり対外的な「強さ」でしたが、内政でも「強さ」を維持するスタンスは続きます。

俺のように頑張れ!

市民として、そして首長としてレーガンはアメリカの経済的な発展を望みます。そのための手段として「小さな政府」を選択しました。

政府はなるべく国民の脇に控えて、存在感を「小さく」して可能な限り不介入を貫く、という方針です。政府に介入されない自由で平等な経済活動こそが経済発展のキーなのだ、という考えです。

「普通にやってりゃ儲けられる!俺のように強くガバガバ稼ぎまくれ!」とまあ、明け透けに書けばこんな調子でしょうか。フロンティアスピリットを持つ上昇志向のアメリカ人であれば、自分ひとりの力だけで成功を収められるに違いない!というね。だから政府はその邪魔になるようなことを避けるべきだ。

IMDb より

こうした信念のもと規制緩和を行い、減税を進めます。減税とは、主に所得にかかる累進課税のこと。働いても以前よりかは “持っていかれない” わけですから、稼げる人はモチベーションをあげてジャンジャン稼ぐようになりました。

膨れた財布の中身は、投資や消費に回り、さらに経済は活性化。実際に83年はGDPが3.3%拡大。さらに翌年の84年には前年比7%のプラスを叩き出します。不景気にあえいでいたアメリカにとって思わず頬が緩んでしまうスコアです。

経済的成長こそが正義であり、その戦果はモノに宿る。BttFもこの価値観に染まっています。ハラハラドキドキの大冒険のあと、前よりも良い家、前よりも良い服、前より良いクルマが「ご褒美」として与えられます。

広がる格差。「俺」のようではない人たち

ちなみに、この時期は物価も安定します。通貨供給量を縮小してインフレを抑制。これにより物価の上昇への懸念が払拭されました。

しかし一方で格差が広がったのも事実です

減税で高額所得者を「放置」することでアメリカ全体の経済は再建されましたが、小さな政府は低所得者に対しても「放置」の姿勢をとります。社会福祉に関する予算を削減し、格差の是正には取り組みません。

そうですね、今風に言えば「自己責任」なのです。

BttFの映画の中で「格差」を象徴するのはビフの凋落です。ジョージの上司であったはずのビフは、マーティたちが歴史を改変することでジョージの小間使いになってしまいます。「俺の車にワックスちゃんとかけたか?!」と叱られるわけですが、現場で働くブルーカラーと、デスクワークのホワイトカラーの格差を想起させます。特にアメリカにとって「自動車」は(日本のTOYOTA に追い抜かれているものの)主要な産業でしたからね。

「強さ」に裏打ちされる小さな政府というアイディアは、家父長制主義のご近所さんなのです。

新しい保守

さらにレーガン率いるホワイトハウスは「道徳」の面でも独自の解釈を推し進めます。「新しい保守」というもので、横文字では「ネオ・コンサヴァティズム」と呼ばれるもので、70年代後半から盛り上がった考え。反戦や同性愛、黒人解放運動、あるいは妊娠中絶といったリベラルな概念やムーブメントに対して激しい批判を浴びせます。いずれも「古き良き」アメリカの時代には無かったものばかりです。

なるほど、たしかに軍事費を増強する立場からすれば反戦は都合が悪いし、黒人や移民に対してのみ過剰なまでにチャンスを提供するのはレーガン的な視点から見れば「逆差別」となります。だからこそ彼らは徹底的に機会の均等を目指します。なるほど、少し複雑ですが、「機会の均等」は「結果の平等」ではありません。たとえば資本家の家に生まれた子供も、差別される人種に生まれた子も、機会だけは十分に平等だという考えです。その結果が不遇であってもあくまでもそれは自己責任。だって機会は平等だったのだから。

◎余談

中絶に関してもレーガンは保守的な立場を表明しているわけですが、これに沿って考えるとBttF も中絶を回避する物語とも捉えることができますね。マーティは自分が「生まれなくなる」時間軸をどうにかして修正しようとあれやこれやと汗を流して頑張っているのですから。

レーガンは新しい保守に迎合しながら政府活動を行い、そしてこの政府活動が今度は新しい保守を加速させます。卵が先か、鶏が先か。因果関係は複雑ですが、双方が絡み合いながら「古き良き」アメリカの再建を目指すのです。そして、繰り返すようですが「古き良き」の中身を代表するのは「白人至上主義」と「家父長制主義」です。

さて、ここまでレーガンのことを幾度となく “レーガンという「男」” というように表現してきました。意地になったように性別にこだわるなんて、なんだか2020年にはそぐわないアンバランスなカテゴライズに違和感を抱いていた人もいらっしゃったのではないでしょうか。しかし、今回に限ってはきっとこれで良いのです。ロナルド・レーガンこそが「男たるもの強くあれ」という類の旧来的、あるいは家父長制的な「男」であることにこだわった世代の代表であり、彼こそがその世代のアメリカ市民の社会生活を作り上げた人なのですから。

そういえばレーガンの俳優時代のオハコは「西部劇」。白人のアメリカ人を代表するヒーロー像を何度も何度も演じてきたというのも興味深い事実です。

レーガン的な保守に支えられるBttF 

さて、第40代大統領のロナルド・レーガンについて語ってきました。彼は他国に負けない強いアメリカ、経済的に豊かなアメリカ、そして社会的な弱者よりも強者を優先するアメリカの実現を夢見て走った政治家なのです。

Make America Great Again.

いまこれを目にすると、ロナルドではなくドナルドの顔の方が先に浮かびそうですが、もともとはロナルド・レーガンが掲げていたスローガンです。かつての豊かで、かつ「強い」

アメリカをもう一度(Again))取り戻そうとする姿勢です。

「BttFといえば、知ってる? ビフの元ネタはトランプなんだって!」

なんて小さな小さな豆知識ももちろん面白いですが、どうせトランプの話をするくらいなら、レーガンのことも忘れないで語るともっと映画は面白くなる。

かつてのような「古き良き」アメリカを再び。そんなレーガンのポリシーを知ったうえでBttFを俯瞰すると思わず膝を打ちたくなってしまいます。85年からタイムスリップした先は55年。第二次世界大戦で勝利をおさめ、その勢いに乗って経済的な豊かさを維持し、そして白人の優位性が残る「古き良き」アメリカに戻っているではありませんか。

たとえば、続篇のPART2でも同様です。アジア人であるフジツー社長にゴマをすって、にもかかわらずクビにされてしまう未来は、できることなら回避したい惨めな結末です。「メイドインジャパン」という言葉がある種のブランドとして機能し、経済的にアメリカを “侵略” するような将来は絶対に訪れてはならないのです。このような政治的な視点でBttFを、そしてその他のロバート・ゼメキス監督作品を鑑賞すると、今までとは違った景色が見えてきます。

じゃあ「黒人市長問題」は?

IMDb より

なるほど、たしかに80年代はレーガンの時代で、彼の存在は無視できないほど大きい。けれども、ロバートゼメキス本人が家父長制主義のレイシストってのは、あまりにも詭弁なのでは?

だってほら、黒人公民権運動が実を結んだ例として「黒人の市長」が登場しているではありませんか。そんな声が聞こえてきます。

◎おさらい

1985年の “現在” でヒルバレーの市長を務めるのはゴールディ・ウィルソンというアフリカ系の男性。今では市長ですが、1955年の彼はしがないウエイターでした。さらに黒人に対する差別も根深く、到底権威的な仕事には就けそうにない。しかしマーティは若き日のウィルソンに「君は将来きっと市長になるよ」と口添えし、ウィルソンはすっかりその気になって市長になることを志すのでした。

50年代には考えられないことでしたが、60年代に公民権運動が実を結び、黒人も市長などの公職に付くことが珍しくなくなりました。むしろ市長と言えば黒人というイメージすらあったようです。
そんな時代背景がモロに反映し、時代のギャップを表現するために機能するのが黒人市長のゴールディ・ウィルソンというわけです。

Mayor. Now that’s a good idea. I could run for mayor.
A colored mayor. That’ll be the day…I will be mayor. I’ll be the most powerful man in HIll Valley, and I’m gonna clean up this town.

でも、ロバートゼメキスが本当に白人至上主義なら、黒人の市長すらも登場しないのでは?

僕自身も「BttFは黒人を徹底的に無視した作品である」という評を初めて読んだときには疑問に思っていました。もし本当にそうなら、敢えて市長を黒人にしなくたってよいはずです。どうも納得がいかない。

白人ホームレス レッド・トーマスの過去

解き明かす鍵は「ホームレスのレッド・トーマス」と「レーガン」です。ヒルバレーの街の変わり者、ホームレスのトーマスという白人のオジサンを覚えていますか。彼にスポットライトを当てると、事態は急変します。

見落としがちな小さなネタですが、1955年にタイムスリップしたヒルバレーの町で、マーティは再選を目指すトーマスの選挙カーに遭遇しています。そうなのです、今ではホームレスで落ちぶれている彼は、かつて1955年の市長だったのです。

驚くべきは当時の政策です。トーマスは「よりよい教育と減税」を訴えていました。よりよい教育。持たざる人たちに対して手を差し伸べる福祉施策であり、レーガンとは正反対になります。

…more jobs, better education, bigger civic improvements and lower taxes. 

雇用を拡大し、より良い教育を提供します。市民の権利を向上させ、さらに税権も軽減しましょう。

経済を刺激して豊かな生活を目指すという方向性はレーガンと同じですが、だからこそ、かえって「より良い教育」だけが浮いて見えてきます。

50年代、アイゼンハワー時代の福祉

実はこれは50年代当時のアイゼンハワーの頃と同じなのです。つまりBttFではカルチャーのみならず政策面でもしっかりと50年代を再現しているみたいです。レーガンと同じくアイゼンハワーは小さな政府を掲げますが一方で福祉には非常に熱心な政治家でした。社会保障制度を整え、「健康・教育・福祉省」の新設を認めました。ことさら教育――特に黒人に対する教育――は大きく変わりました。1954年のブラウン対教育委員会裁判で人種の隔離は違憲であると判決されました。これに端を発するアーカンソー州のリトルロック事件では、アイゼンハワー大統領が直々に連邦軍を派遣することで黒人が教育を受ける権利を守ります。こんな時代の雰囲気が60年代の黒人公民権運動を後押しすることにも繋がるのです。

逆差別だという叫びに聞こえる?

さて、歴史的な背景と、BttFのストーリーを総合して考えてみましょう。

・かつて市長であった白人が

・福祉に力を入れ、どんな人にも教育の門戸を開いた結果

・今では町はずれのホームレスになり

・かわりに今の市長は黒人

ロバートゼメキスは家父長制主義的で、白人至上主義的な価値観に染まっているというのを前提にすると、彼はこう語っているのではないでしょうか。

「あのとき “逆差別” で黒人に知恵を与えた結果、俺たち白人が食いっぱぐれてしまった!」

――と。

さらにはマーティとドクの思い出深い「時計台」は伝統的な建造物であるにもかかわらず、黒人市長の手によってを取り壊そうとされています。かと思えば、やっぱり後世まで残ったり。

だからこそBttFの85年の現在に「黒人市長」の存在が必要だったのです。あれも伏線、これも伏線。何重にもトリックを仕掛けることのできる映画作家だからこそ可能な高度な皮肉がそこにはありました。

意地悪こそ、隠れている

カルバンクライン、スケボー、ナイキ、ペプシのコーラにロックンロール。

宝箱をひっくり返したようにカルチャーが散りばめられたSF冒険映画のバック・トゥ・ザ・フューチャーのその根底には、政治的な感情がここまで巧みに隠されていたのです。

ここで強調したいのは、事実をかき集めてパズルを組み立てると思わぬ結論にたどり着くことがある、ということ。意地悪こそ、隠れている。身体に悪い食べ物こそ心地よい。だからこそ見破る力が問われるはずです。

 文・川合裕之(店主)
編集・安尾日向
 絵・金城昌秀

関連書籍『最も危険なアメリカ映画』町山智浩著

映画を通してアメリカを知る、あるいはアメリカの不都合を知ることで映画をもっと詳しく読む、という営みのための良質な入門書です。大きくKKKが映る挑発的な表紙はタブー視されてきた差別や偏見を露わにしようという心意気のあらわれでしょうか。

「バック・トゥ・ザ・フューチャー」のみならず、『國民の創生』やディズニーなど、数々の映画を取り扱っています。もちろん、鑑賞せずとも議論に付いていくことが可能です。映画好きや洋画ファンはもちろんのこと、「誰かに作られたメディア」に触れている人すべてに手に取ってもらいたい本です。

参考書籍

紀平英作編『アメリカ史』(山川出版, 2018)

町山智浩『最も危険なアメリカ映画』(集英社インターナショナル, 2016)

ケトル vol. 24 「特集:バック・トゥ・ザ・フューチャーが大好き!」(太田出版, 2015)

映画音楽には
その時代の景色が詰まっている

音楽は映画にどんな影響を与えているのか。主人公の感情を表現したり、映し出されているシーンの意味を更に際立たせる演出であったり。

それと同時に、映画にとって音楽はその時代の音を表現する場合がある。

何年かたってから見返してみると時代の音を反映していたことがわかるのだ!

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なぜタイムマシンが高級車デロリアンなのか?

『バック・トゥ・ザ・フューチャー』(1985)が公開されてからもう随分と時間がたった。

あの映画による印象は俳優たちにも大きな影響を与えていてる。

ぼくは主人公マーティ役のマイケル・J・フォックスを他の映画やドラマで見た時にどうしても「マーティの人」という認識してしまうことがある。

そんなドでかい印象を与えるほどの『BttF』に最も影響を受けたものの一つにデロリアンDMC-12という車が存在する。

奇抜なデザインの車体にタイムトラベルを実現するための改造を施した最高にクールでかっこいい車。

デロリアンはBttFによって「バック・トゥ・ザ・フューチャーの車」というイメージを持つ大人気スターとなったのだが、実は悲惨な運命を背負っていたのだ。

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川合 裕之 Written by:

95年生のライター/ 編集者。長髪を伸ばさしてもらってます。 フラスコ飯店では店主(編集長)をしています。

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