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映画『糸』が大変なことになっている

(C)2020映画「糸」製作委員会

スーパーで良いお肉を買ってきて、塩コショウで焼くだけ。それだけで十分美味しくなるのに。どうして脱いだ靴下をドクターペッパーで煮詰めたような味がするのでしょうか。

菅田将暉と小松奈々を主演に迎え、中島みゆきの名作「糸」から着想を得た脚本で「平成史」を描く――という看板を掲げさらに斎藤工や成田凌、榮倉奈々が脇を固め、音楽は亀田誠二。材料はどれも一級品ばかりなのに、勿体ないの一言です。誰が焼いても美味しくなるはずなのに。スーパーどころか百貨店で世間知らずが好き勝手買い物をした挙句、料理を知らない子どもに丸投げするかのような粗悪な出来でした。

菅田将暉、小松奈々。ふたりの圧倒的な実力をもってしてもギリギリ耐えられない脚本と演出。にもかかわらず、頼みの綱のふたりは冒頭20分ほどは回想を理由にすっかり席を外してしまっており、子役がスクリーンを独占します。再現映像のような何かを延々と突き付けられるのです。

なるべく言葉を尽くす

ふたりがスクリーンに戻ってからも、スタンプを連投するようなありあわせの感情表現と痒い所すべてに手が届く気の利きすぎたありふれたプロットの応酬です。

すこし視線をずらしましょう。内輪ノリ全開の福田雄一作品、あるいは黒木香の「商品化」を全肯定した『全裸監督』、エリート根性丸出しで歴史を修正しようとした『君の名は。』。このように批判を受けた作品たちも、少なくとも座って静かに観ることくらいはできる最低限の面白さを持っています。生理的に続きが気になる設計を徹底し、くすぐるようにして観客を引き込む。そんな魔力があったからこそ、批判すべき穴を見逃してはならないと人々が指をさしたわけです。一方で『糸』には、最低限エンタメであり続けようとする矜持がまったく感じられません。不要なセリフの羅列、起伏があるはずなのに凡庸な展開。明け透けに主観で語ることが許されるのであれば、要するに「殺人的におもんない」ということ。これはもう「えげつなおもんな殺人事件」です。会議室ではのうのうとしていたのでしょう。

これまで先人たちが築いてきた娯楽の文脈から断絶した場所でひとり相撲をとるのみ。「平成史」は形だけの飛び道具で、観客が勝手に共感するための呼び水にしか過ぎないのではないだろうか、と邪推してしまうほどです。実際に調べてみると共感ベースで「感動」を語る感想は多い。震災の時にこんなことがあったわね。自分の頃はこんな恋愛をして結婚したなあ。人生を振り返って、なんだか感動した。心地よい気分に水を差したくはないのだけれど、ごめんなさい。大変申し訳ないのだけれど、あなたは映画そのものを読んで感動しているのではないのです。きっと自分の過去を掘り出し、反芻して懐かしんでいるに過ぎないのです。大衆のために説明過多であること、芸術性を帯びること、そしてエンタメであること。この3つは決してトレードオフなんかじゃないはずです。男女の恋愛、絶叫と疾走。説得力のないすれ違い、伴侶が世を去り、あからさまな失意。時はすでもう令和ですが、平成にはこんな演出がまかり通っていた、こうやって採算を取ることができた、という意味では「平成史」を体現しているかもしれませんね。

極めつけは「糸」という楽曲との付き合い方です。制作陣がこの題材になぜめぐり遭ったのか、私たちはなにも知らないのですが、とにかくあまりに本筋とは無関係であり、ことあるごとにこの歌の力で尻拭いをさせます。

せやかて、あるい程度メイクマネー

豪華絢爛な糸が織りなす布は、最悪の肌触りで神経を逆なでします。それでも、持ち前の広報力である程度の興行収入をおさめることでしょう。へいらっしゃい! 次の映画は面白いよ。菅田将暉と小松奈々が出てるってんだからお買い得!なんて具合でしょうか。むしろそうやって普段から2時間の物語と対峙する機会のない観客をターゲットに、彼ら彼女らの絶賛を受けることだってあるかもしれません。いいや。やっぱり失礼な気がする。「普段から2時間の物語と対峙する機会のない観客」なんて高をくくっても良いのでしょうか。いいや。現状これが収益化の最短経路だとすれば、それこそが日本中の映画館を経済的に支えることだって事実です。「名探偵コナン」の劇場映画が延期されてしまった今年の興行を支える1本になるでしょう。これでいい。闘う人を、映画を作らず闘わない外野が笑ってもいいはずがないから。そう考えるとこの商品にもきっと意味はある。あるはず。あるといいのですけれども。

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解説『糸』(2020)

監督:
瀬々敬久

脚本:
林民夫

原案:
中島みゆき『糸』

出演:
菅田将暉, 小松菜奈, 山本美月, 高杉真宙, 馬場ふみか, 倍賞美津子, 永島敏行, 竹原ピストル, 二階堂ふみ(友情出演), 松重豊, 田中美佐子, 山口紗弥加, 成田凌, 斎藤工, 榮倉奈々

音楽:
亀田誠治

企画を立ち上げたのは2015年。およそ5年もかけて作った「壮大」なありがたい映画です。主人公である漣、葵の二人の名は平成時代に人気のあった名前だといいます。そのほか、リーマンショックや東日本大震災など平成にあった大きな出来事を劇中に挿入してドラマをより重厚に仕立てています、粋ですねえ。北海道、東京、沖縄、シンガポールなど複数の都市でロケーションをして作られており、今思うと大変贅沢な映画です。なんと親切なことに、予告編を見ればほとんどのストーリが簡単に把握できてしまいますわよ!

 文・川合裕之
編集・和島咲藍

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