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耳が覚えている映画 #4 『ダークナイト』

『ダークナイト』(2008)の半端ではないほどの緊張感を作り出しているのはヒース・レジャー演じるジョーカーというキャラクターである!……というのは今回は置いておいて、目には見えないが、明らかに緊張感にブーストをかけているBGM。つまり音楽に注目してみた時に、あの緊張の糸が張り詰めていくような上昇していくストリングスの音はまさにジェットコースターのそれだ!上昇しすぎて千切れてしまいそうなのに、まだ上昇するから本当にハラハラする。

IMdbより

ちなみに、この記事を書いている最中、ぼくは『ダークナイト』のサウンドトラックを再生しているのだが、すごい緊張感の中で執筆しているような感覚に陥っている。締め切りに間に合わなかったら殺されるんじゃないかというくらいの緊張感が漂っている。

もし良ければ是非この記事を読む際にサウンドトラックを再生してみて欲しい。やたらと緊張感が演出されるので逆に笑えてくるので試して欲しい

映画における「緊張と緩和論」

笑いがおこる瞬間には「緊張の緩和」が存在する。
これは落語家の桂枝雀が唱えた「緊張の緩和論」というもので、緊張の緩和が笑いを生むとする理論である。

これは笑いだけではなくあらゆるエンターテイメントに置き換えても通用する理論だ。例えばジェットコースターがなぜ低い位置からスタートするのかということを考えればわかりやすい。一般的なジェットコースターはスタートするとまず最初に、高い場所へゆっくりと乗客を運ぶ。あの緊張があるからこそ頂点に達したコースターが一気に滑り落ちる瞬間の興奮が生み出されるのだ。最初から一番高い所にいてスタートするなんてもったいない。ゆっくり、ゆっくりとコースターが金属音を立てて登っていくあの瞬間も含めてジェットコースターの醍醐味なのである!

IMdbより

映画に置き換えて考えてもそうだ。特にサスペンス映画のようなスリルを味わうなら尚更緊張を育てることが必要となってくる。

まずは緊張を煽るために事件が起きる。その事件は常人には絶対に解決できないような無理難題であればあるほど観客は興奮する。そしてその事件を解決するヒーロー、ヒロインが存在するからこそエンドロールを迎える頃には感動を生んでいる。

しかし、映画『ダークナイト』(2008)を観た時にぼくが感じたのは、「緊張感は存在するが、果たしてその緊張からの緩和による満足は本当に存在したのだろうか」ということだ。

緊張感からの緩和による満足を得るにはその「緩和」の部分がどれだけド派手に、どれだけ華やかに演出されるかという部分が大事になってくるのだが、この作品の魅力は「緩和」の華やかさよりも、半端ではない「緊張」の度合いにあるとぼくは考えている。ジェットコースターで例えるなら「どこまで高いところに登らされるんだ?勘弁してくれ!高すぎ!まだ落ちてないのに恐すぎて耐えられない!」という映画だ。

緊張の中にいる時にこそ笑える

映画冒頭、青い炎がバットマンのロゴに姿を変える。例の “緊張の糸” が早速鳴り始める。緊張の上昇の始まりだ。初めはほとんど気がつかない、そんな “音” が鳴っていることを認識できないほどに小さく。ゆっくりと音は大きく、そして音程は高くなっていく。

シーンはあのジョーカーによる仲間割れ銀行強盗のシーンである。

IMdbより

ここで流れる楽曲のタイトルは『Why So Serious?』。あの作品の大ファンであるぼくはサウンドトラックの楽曲リストを見て興奮した。冒頭の銀行強盗シーンに流れているこの曲のタイトルはなんと、あのジョーカーの名台詞 “Why So Serious?” なぜそんなに深刻な顔をするんだ?)から引用されている。本作のジョーカーの思想を体現しているかのような言葉と音楽だ。スリル、暴力、恐怖。それこそがエンターテイメントであり、こんなにもエキサイティングなのにどうして笑わないんだ?あの緊張感を味わうためにぼくはこの映画を何度も観ているのかもしれない。

しかし、この楽曲には結局ドカンと大きなサビのような展開は一切こない!「映画のサントラなんてそんなもんだろう」と感じるかもしれないが、『ダークナイト』のサントラ全体を聴いてみてもこういう曲ばかりだからびっくり!エンドロールに流れるメインタイトルの『A Dark Night』ですらまだ緊張感を持続させているようにも聴こえる。映画そのもの自体も最初から終わりまでそういった印象だった。

緊張そのものをエンタメに変える演出

桂枝雀の唱える「緊張の緩和論」は大前提として間違いなくエンタメ全般に精通している。けれどもその緊張の部分にここまでフォーカスすることで緩和がなくても人は笑ってしまうのかもしれない。

なぜなら、ぼくがそうだからだ。サウンドトラック一曲目の『Why So Serious?』をもう一度再生してみて欲しい。1:08までそれを “音楽” と呼ぶにふさわしいのかどうかもわからない。約1分間の間、ただただあの “緊張の糸” が張り詰めていくだけで構成されている。長すぎて笑える。ギャグではなく。興奮して笑えてくる!ジェットコースターの上昇のドキドキで笑ってしまうような。そんな感覚を音楽で表現しているこの楽曲は本当に素晴らしい。そしてこの楽曲が映画『ダークナイト』(2008)の緊張感をブーストさせていることを改めて感じたうえで冒頭の銀行強盗のシーンを観て欲しい。

 “Why So Serious?” 
「なぜそんなに深刻な顔をするんだ?」

と語りかけられているような気がする。なぜなら、あのスリル、暴力、恐怖がまたぼくを笑顔にしているからだ。

 文・金城昌秀
編集・川合裕之

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解説『ダークナイト』(2008)

IMdbより

監督:
クリストファー・ノーラン
出演:
クリスチャン・ベール,ヒース・レジャー,ゲイリー・オールドマン,マイケル・ケイン,アーロン・エッカート,マギー・ジレンホール,モーガン・フリーマン

病院のセットを丸ごと爆破したり、大型トラックをひっくりかえしたり、ド派手な演出は存在するが、そんなド派手演出を敢えてド派手に見せないカメラワークなども見所である。CGを使った爆破とは違い、それらのアクションを全て実写で撮影したことにより「CG慣れ」した観客たちを驚かせる演出となったと言える。

また、BGMの観点から考えると、大型トラックがひっくりかえるシーンの前後のカーチェイスシーン。あのシーンを敢えて無音にする演出には驚かされる。爆発音、車とコンクリートが擦れる鈍い金属音などが際立ち、本来ド派手にするために流れるエキサイティングな音楽を排除することでそのスリルがよりリアルに観客に伝わるように作られている。

主人公バットマンの宿敵ジョーカーを演じたヒース・レジャーは、一ヶ月間ロンドンのホテルにひとりきりで閉じこもり、ジョーカー独特の声や笑い方を作り上げるなどして圧倒的な役作りで撮影に臨んだ。

しかし、『ダークナイト』の完成を待たずに、2008年1月22日マンハッタンの自宅アパートで全裸状態の遺体が発見され、28歳という若さでこの世を去った。死因は薬の併用摂取(特定の薬物を過剰摂取したわけではない)による急性薬物中毒による事故死。

この作品で彼はアカデミー助演男優賞、ゴールデングローブ賞 助演男優賞、英国アカデミー賞 助演男優賞など主要映画賞を総なめにした。

連載『耳映画』をおかわりしよう!

耳が覚えているあの映画#1『スタンドバイミー』

耳が覚えているあの映画 #2『トレインスポッティング』

耳が覚えている映画 #3 『オーシャンズ11』

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金城昌秀

ロックバンド「愛はズボーン」でGt.Voを担当。 様々なアーティストのMV監督や動画編集、グッズやCDジャケットといったアートワークも手がける。

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