Te wo Arai mashou.

「ディアマン」ともう聴かなくなったバンド
| 連載:わたしがグダグダうじうじしていることは大抵すでに藤原基央が曲にしている 1曲目

バスに揺られている。窓から柔らかい光が差し込んで、まるで自分が豆苗になったみたいな、のびやかでふくふくとした気持ちになる。程よくぼーっとしながら音楽を聴いていると、ふとある歌詞が耳に残り、曲を巻き戻して最初から再生する。豆苗のわたしは人間に戻り、「ああ、つかまえたんだ」とわかってしまう。さあっと全身に鳥肌が立ち、なんだか目頭が熱くなる。

何万回も聴いたはずの曲が何を言っているのか、突然わかることがある。一生懸命生きていたご褒美みたいな、でももう「わかる前」には戻れなくてもったいないみたいな、そんな瞬間。

©️Sakura Wajima

わたしがグダグダうじうじしていることは
大抵すでに藤原基央が曲にしている

BUMP OF CHICKEN が大好きだった。BUMP OF CHICKEN の大ファンだった。

でも、もうそうじゃない。わたしが彼らに抱く気持ちは「大好き」でもましてや「愛してる」でもなく、もっと重たい「信用」みたいなものになってしまった。わたしは、ずっと同じことを歌い続けている藤原基央を、16歳の時に作った歌を今でも高らかに演奏するBUMP OF CHICKEN を、とても信用している。

「大好き」や「大ファン」を通り過ぎれば、藤原基央が「藤くん」という偶像ではなく、ちゃんと「人間」であることがよくわかってきた。いかに BUMP OF CHICKEN が耳の痛い曲を作るバンドなのかも。

この連載は、365日不眠不休でグジグジうだうだしているわたしが、心から信頼する藤原基央さんと(勝手に)がっぷり組み合ってBUMP OF CHICKEN に「追いつく」試みです。歌詞を中心に見ていくけれど、解説や解釈といったものはありません。わたしという人間が BUMP OF CHICKEN の曲を通して藤原基央という人間に挑み、自分のややこしい人生に向きあって泣いたり笑ったり、悔しがったりするコラムです。

藤原基央さんのお誕生日に寄せて書いた連載予告はこちら
https://note.com/medetais/n/n4700e2f37e96

ディアマン

連載1曲目は「ディアマン」。2012年リリースのシングル『グッドラック』のB面に収録されている、6分半に及ぶ藤原基央の弾き語り曲だ。

「グッドラック」は山崎貴監督の映画『ALWAYS 三丁目の夕日 ’64』の主題歌とだと言えば、BUMP OF CHICKEN リスナーでない人にもピンとくるかもしれない。そもそも「グッドラック」自体が、16小節のかたまりを少しずつつなぎ合わせた、AメロBメロサビの区別がない不思議な曲ではあるのだけれど、中学2年生のわたしの心に妙な存在感を残したのは「ディアマン」だった。

14歳のわたしにとって「ディアマン」は、CDを抱きしめて震えるような喜びを感じた曲だった。

中学に入り、それまで街中やテレビで聴いて「いい曲だなあ」と思ってきた曲たちがぜんぶ BUMP OF CHICKEN のものだったと知って、TSUTAYAに通って過去のCDをかたっぱしからウォークマンに詰め込む日々を過ごした。しばらく過去のアルバムを追いかけることしかできなかったので、新譜のCDを発売日に買えることそれ自体がとても嬉しかった。

いまの彼らが出したCDをいまのわたしが受け取っている。つまり、わたしが生きているこの世界に、間違いなく彼らが存在している。その途方もない事実に突然思い当たって、一人ベッドでCDを抱きしめて震えた日をとてもよく覚えている。

それから8年、22歳のわたしにとっての「ディアマン」は、 わたしのBUMP OF CHICKEN に対するグジグジうだうだを歌った曲になった。

BUMP OF CHICKEN を聴かない日常

布団被ってイヤホン ラジオなかなかのボリュームで
キラキラした音が 体を走り回った
大好きなシンガー なんで好きなのか解らない
目を閉じれば すぐ側にいた 確かに

BUMP OF CHICKEN / ディアマン

「ディアマン」の1番のAメロ、この歌詞が14歳のわたしの、 BUMP OF CHICKEN への気持ちの全てだった。何をするときにも彼らの曲を聴いていた。どうしてこんなに彼らの音楽に惹かれるのかわからなくても、CDを抱きしめたらちゃんとつながっている気がした。わたしは一生このバンドの音楽を聴いていくんだろうと、そう信じて疑わなかった。

だけど、よくある話をきちんとなぞって、わたしはだんだん  BUMP OF CHICKEN を聴かなくなった。

単純に、たくさんの新しい音楽と出会って、それらに夢中になったというのもある。高校生の時は流行りの音楽もそれなりに敏感にキャッチしていたし、軽音楽部の仲間とそういう話をするのはすごく楽しかった。

そして何より、わたしの思春期の潔癖さは BUMP OF CHICKEN の変化を素直に受け入れることができなかった。彼らの活動に違和感を持つことが増えてしまったのだ。固定化してしまったセットリスト、どんどん増える電子音、初音ミクとのコラボ、突然の自伝映画、転売のことなんて何も考えずにツアー最終日に会場限定で発売されたライブDVD。

気取らず、いつでも丸腰の、「へなちょこバンド」の彼らが好きだった。でも周りはそうは見てくれない。丸腰でいるには、大物になり過ぎてしまった。いろんなクリエイターに囲まれ、背負うものは増え、看板は重くなり、彼らのスタンスや想いは見えなくなってしまった。

BUMP OF CHICKEN を毎日聴かない、新譜を買いに走らない日常が訪れるなんて、思ってもみなかった。全然信じたくないことだった。

怖がりな少年 どんどん自分を強くした
キラキラしたものの 裏側を疑った
変わってしまったシンガー 昔のようには歌わない
がっかりした そのうちなくした 興味を

BUMP OF CHICKEN / ディアマン

『ディアマン』の2番のAメロ、この歌詞が、わたしが長いこと抱えていた BUMP OF CHICKEN に対する煩悶の全てだった。

©️Sakura Wajima

目を開けたら 全て側にいた 未だに

バスに揺られている。こんなのどかなお昼に、自分だけ目を真っ赤にして切羽詰まっていてとっても可笑しい。たまたまずっと手元に残っていた音源の、たまたま聴いた一曲。ほんの気まぐれにこんなに揺さぶられているなんて、曲がわたしを待っていたように思えて胸が詰まる。シンガーはごろごろした嗄れ声で、イヤホンからわたしに向かって歌いかけている。

変われなかったシンガー 同じ事しか歌えない
それを好きだった頃の自分は きっと好きだった
5Wのアンプが 小さいながらも絶叫した
目を開けたら 全て側にいた 未だに

BUMP OF CHICKEN / ディアマン

ひゅっと息を呑んだのがスイッチになったみたいに、いろんなライブの、いろんなMCが蘇ってくる。そうだ、彼はいつも言っていたじゃないか、「明日も明後日も君たちが僕らの音楽を聴いてくれる保証なんてない。でもときどき思い出してくれたら、そこには必ず僕らがいる」と。

藤原基央はちゃんと分かっていたのだ。現実の不確かさ、いつか終わりが来ること、その中でわたしたちが出会ったのは奇跡そのものなんだってこと。変わったのはわたしだった。藤原基央は、たとえわたしが彼らに見向きもしなくなったって、その痛みを引き受けてそれでもちゃんとそばにいると言った。そういう覚悟をもうずっと前から決めていて、それを歌った曲は、ずっとわたしのそばにあったのだ。

それは喜びだった。歓喜だった。なんて心強いことだろう、なんて真摯なことだろう。なんて痛切で、なんてたくましい心だろう。

わたしがグジグジうだうだしていることは大抵すでに藤原基央が曲にしている。それは、BUMP OF CHICKEN を聴かなくなったわたしのことすらも。

解説「ディアマン」(2012)

作詞・作曲:藤原基央
編曲:BUMP OF CHICKEN

2012年に通算22枚目のシングルとしてリリースされた『グッドラック』のB面曲。藤原基央が持ってきたデモがあまりにも素晴らしかったため、そのまま弾き語りの曲として収録されたという逸話も。

今回は「BUMP OF CHICKEN を聴かなくなったわたし」に焦点を当てましたが、2番で歌われる思春期の潔癖さ、誰かを見下して嗤うことの淋しさ、どうしても頑なになってしまう心には身に覚えしかないくらいで、まだまだ語りたいことは尽きません。

また、曲名である「ディアマン」はフランス語で「ダイヤモンド」という意味。そして、「ダイヤモンド」は奇しくも BUMP OF CHICKEN のデビューシングルの題名です(なんとコード進行までよく似ている)。真相は藤原基央のみぞ知るといったところですが、わたしは彼が「俺たちはずっと同じことを歌ってるんだぜ」と言っているように思えてなりません。

次回予告

わたしには、一緒に流れ星になったことのある友人がいる。激しく擦れあってパッと輝いたわたしたちの友情と、そのあとの緩やかな連帯について。

2曲目は2010年リリースの「宇宙飛行士への手紙」に寄せて、わたしを今も温め続ける友情にについて考えます。

文と写真・和島咲藍
イラスト・くどうしゅうこ
  編集・安尾日向

「わた藤」トラックリスト

2曲目:「宇宙飛行士への手紙」と流れ星のわたしたち

3曲目:「リボン」と無敵の友情

和島咲藍の他の記事

(C)ORIGIN PICTURES (X&Y PROD) LIMITED/THE BRITISH FILM INSTITUTE / BRITISH BROADCASTING CORPORATION 2014

「giftという免罪符」からの解放 | 映画『僕と世界の方程式』

自分が望まない役割を背負わされるのは、こんなにも息苦しい。だけどたぶん、明確な加害者被害者がいるわけじゃない。「自分は誰も呪っていない」とは口が裂けても言えないし、わたしを呪った誰かだって、どこかでは他の誰かに呪われているのだろう。

「呪い」は蔓延っている。それはきっと、フィクションの世界にも。

この記事では、映画『僕と世界の方程式』がフィクションにおける「感動ポルノの幸福な呪い」に屈さず、生身の人間を描いたことの意義深さや、それがいかに我々にとって救いであるかを考えていきます。

続きを読む

最近の投稿

和島 咲藍 Written by:

1997年土曜日生まれ。結果オーライの申し子。わたしは気さくです。

Twitter あります