I’m back. Omatase. 

「宇宙飛行士への手紙」と流れ星のわたしたち
|連載:わたしがグダグダうじうじしていることは大抵すでに藤原基央が曲にしている 2曲目

自転車のうしろに彼女を乗せて、陽が落ちきった街を走る。耳には片方ずつ分け合ったイヤホンが刺さっていて、ふたりで同じ音楽を聴いている。彼女を学校から駅まで送るたった5分たらずの道のりで、わたしたちは毎日、流れ星になっていた。今が未来だった頃の話だ。

この連載は、365日不眠不休でグジグジうだうだしているわたしが、心から信頼する藤原基央さんと(勝手に)がっぷり組み合って BUMP OF CHICKEN に「追いつく」試みです。歌詞を中心に見ていくけれど、解説や解釈といったものはありません。わたしという人間が BUMP OF CHICKEN の曲を通して藤原基央という人間に挑み、自分のややこしい人生に向きあって泣いたり笑ったり、悔しがったりするコラムです。

藤原基央さんのお誕生日に寄せて書いた連載予告はこちら
1曲目:「ディアマン」ともう聴かなくなったバンド
2曲目:「宇宙飛行士への手紙」と流れ星のわたしたち
3曲目:「リボン」と無敵の友情
4曲目:「才悩人応援歌」と健やかな破滅
5曲目:「66号線」と別々の人間たち / 或いは父の愛
番外編:2020年、激動の BUMP OF CHICKEN への信頼を問い直す | 彼らの振る舞いと不倫報道へのステートメントを読んでわかること

宇宙飛行士への手紙

「宇宙飛行士への手紙」はわたしにとって、今も昔も、ある友情を象徴する曲だ。激しく擦れあってパッと輝いたわたしたちの友情。ただ一つ違うのは、昔はわたしたちを大きく包み込んでいたこの曲を、今は手のひらに載せて眺めることしかできないということだ。

これが恋だというのなら

私立の女子中学校に入学して2週間くらい経った頃、教室の真ん中で、彼女はくるんと回った。クラシックバレエの技のひとつだとすぐにわかった。少し離れたところでそれを見ていたわたしは、彼女の気をひくように、自分も同じ回転技をした。まるで動物の求愛行動みたいだった。そのあとの昼食の時間から先はもう、わたしたちはずっと一緒だった。

わたしたちに共通点は何もなかった。聴く音楽も好きなファッションも、怒り方も全然違った。何が趣味で、どういうものにどういう意見を持つのか、何に喜び、何に腹を立て、どうそれを表現するのか、共感できることはとても少なかった。だけど、そんなことは全くどうでもいいことだった。わたしが文句言いで理屈っぽいことも、彼女が遅刻魔で愛嬌だけでそれを乗り切ってしまうことも、わたしたちの友情には全然関係なかったのだ。

©Sakura Wajima

わたしたちはお互いの親よりも長い時間を一緒に過ごした。学校、放課後、塾、晩ご飯、お風呂まで。それだけ一緒にいたのに、それでも別れられなくて、駅で2時間立ち話をしたりもした。

わたしたちはなんでも話した。些細なことも重たいことも、面白いこともムカつくことも、将来のことも家族のことも、ときに朗々と、ときに秘密を打ち明け合うように。2人にだけわかる言葉がたくさんあった。

「愛してる」とは言えたのに、「大好き」とは照れて言えなかった。そういう、ぎゅうぎゅうの関係だった。彼女との関係や彼女への気持ちには、つける名前がなかった。「友達」や「大親友」ではとても足りない、確かめ合う必要もないような唯一無二。これが恋で、それが同性愛だというのなら、そりゃそうなんだろうと素直に思えるほどのものだった。むしろそっちの方が自然なのだと。

冷静と情熱のあいだの祈り

どうやったって無理なんだ 知らない記憶を知ることは
言葉で伝えても 伝わったのは言葉だけ

お互いに関して知らないことなんて何にもないと、半ば本気で信じていた。でもそれと同じくらい、わたしたちは別の人間なんだとわかっていた。それはとても切ないことだった。

意見も性格も趣味も合わないわたしたちに共通していたもの、それは「諦め」だったのかもしれない。わたしたちはお互いちょっとしんどい思いをして育ってきて、だから周りよりちょっと早く大人にならなければならなかった。そういうわけでわたしたちは、夢中でいながらいつでもどこか冷静で、だからこそ、現実をちゃんと歌う「宇宙飛行士への手紙」には安心して身を委ねることができたのだ。

どこにだって一緒に行こう お揃いの記憶を集めよう
何回だって話をしよう 忘れないように教え合おう

この曲を初めて彼女に聴かせたとき、それはわたしにとって、とても厳かな儀式だった。プロポーズをするような、祈るような気分だったのかもしれない。何にも合わないわたしたちだけど、この曲を笑われたら、きっと立ち直れないと思っていたから。

できるだけ離れないでいたいと願うのは
出会う前の君に僕は 絶対出会えないから
今もいつか過去になって取り戻せなくなるから
それが未来の今のうちにちゃんと取り戻しておきたいから

彼女は笑わなかった。それで十分だった。

魔法が解けたとき

先日、彼女がサイクリングがてらわたしの家を訪ねてきてくれた。家の前の道路に寝転がって昔話をする。ふと「あれは恋だったよね」と彼女が言った。そう、恋「だった」。今は違うのだ。

あれだけそばにいたのが嘘のように、今のわたしたちは絶えず連絡を取っているわけではない。半年以上会わないことだってあった。特に理由があるわけではないけれど、強いて言うならば、魔法が解けてしまったのだ。青春の魔法、恋の魔法、「宇宙飛行士への手紙」の魔法。それらを手放してわたしたちは大人になり、正気になった。

ひっくり返した砂時計 同じ砂が刻む違う2分
全てはかけがえのないもの そんなの誰だって知っている

わたしと彼女はどれだけ一緒にいたって別々の人間で、だから全部がかけがえない。そんなこと、わたしだって彼女だって、当たり前に知っていた。

だけど、魔法のおわりを受け入れるのには、痛みと煩悶を伴った。

大学3年生の春、彼女はカナダに留学に行った。空港まで彼女を見送りに行ったのは3人だった。小学校時代の親友、わたし、高校大学の親友。わたしは「中学校時代代表」なのだった。わたしは彼女の人生の大きな流れの中の一人に過ぎない。そんな当然のことをようやく実感して、ずいぶんグダグダうじうじしてしまった。

あの頃はどうでもいいと思えたことが、全然どうでもよくなくなっていた。もともと、中学生の時に出会っていなければ仲良くなっていないような人だったのだ。アメフト部のマネージャーをして、キラキラしたたくさんの友達に囲まれて無茶なお酒の飲み方をしている、わたしとは全然住むところの違う人。今のわたしとは、全然縁のない類の人。

全てはかけがえのないもの 言葉でしか知らなかったこと

しかし、自分とは住む世界の違う人、一体それがなんだというのだろう? そういうふたりが、あの時あの場所で出会ったから通じ合えた、それの何が悲しいんだろう? 

何かの拍子に険悪なムードになった時も、元通りになるきっかけをくれたのはいつでも彼女で、だから大きな喧嘩をせずにここまで来れたんだと気付いたのは大学に入ってからだった。

彼女は、両親がもめていて「家に帰りたくない」としか言わなくなったわたしに、何度でも「帰らなくていい」と言ってくれた。高校の入学式の前日、とうとう妹を連れて家出したときも、夜中に迎えに来て家に泊めてくれた。そういう過去があったから、今のわたしがいるのだ。

そしていつか星になって また一人になるから
笑い合った過去がずっと 未来まで守ってくれるから

散々グダグタやりはしたけれど、今のわたしにとって、彼女との友情はおまじないのようなものだ。それは、少し離れたからこそ彼女の存在の大きさに気づけたから、そして、あの頃を思い出すだけで湧いてくる勇気があるから。

ちゃんとわかったのだ。得難い関係だったのだと、あの夢は覚めたのだと、でも、その夢はずっとわたしの手の中にあって、わたしを温め続けるのだと。これは理解や納得ではない、もっとたしかな肌触りのある実感であり、救いだ。

もう魔法は解けてしまった。もう「宇宙飛行士への手紙」はわたしを包み込まない。それでも、一緒に過ごした時間の1秒ずつ、たくさん交わした言葉の一言ずつが、わたしのお守りだ。

全てはかけがえのないもの 言葉でしか知らなかったこと

流れ星は一瞬のきらめきだけを残して、夜の空深くに消え去ってしまう。あの頃、わたしたちは確かに流れ星だった。もうあの光を見ることができないのは悲しいけれど、悲しいからこそ、その日々を大切に悼んで抱きしめて、レンガの道に続く「これから」を歩いてゆく。

わたしがグジグジうだうだしていることは大抵藤原基央が曲にしている。それは、かけがえのない青春を弔うことすらも。

解説「宇宙飛行士への手紙」(2010)

作詞・作曲:藤原基央
編曲:BUMP OF CHICKEN

2010年に通算17枚目のシングルとしてリリースされた「宇宙飛行士への手紙」。

ジャケットは藤原基央が幼少期にお姉さんと見た稲妻をイメージしたものらしく、この頃から「透明飛行船」や「魔法の料理 〜僕から君へ〜」など、幼少期の体験が反映された曲も増えています。

宇宙飛行士の野口聡一さんがこの曲について「宇宙という言葉を一度も使ってないのにスペーシーな広がりを感じさせる詩は秀逸」とコメントを寄せたことも話題になりましたし、流れ星をイメージし、何本ものギターを重ねて作られたギターソロにも要注目です(ライブ版ではさらにものすごくなっている)。

また、この曲が収録されているアルバム『COSMONAUT』はロシア語で「宇宙飛行士」という意味。宇宙というのはやはり、彼らにとって外せないモチーフなのかもしれませんね。

次回予告

わたしには友達が少ない。生まれつきそういう体質なのだ。

でもそれを気に病むことはない。わたしには「赤い星」が付いているから。

3曲目は、2017年にリリースされた配信シングル「リボン」に寄せて、わたしを無敵にしてくれる友情について考えます。

文と写真・和島咲藍
   絵・くどうしゅうこ
  編集・安尾日向

「わた藤」トラックリスト

1曲目:「ディアマン」ともう聴かなくなったバンド

3曲目:「リボン」と無敵の友情

4曲目:「才悩人応援歌」と健やかな破滅

5曲目:「66号線」と別々の人間たち / 或いは父の愛

番外編:2020年、激動の BUMP OF CHICKEN への信頼を問い直す | 彼らの振る舞いと不倫報道へのステートメントを読んでわかること

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和島 咲藍

1997年土曜日生まれ。結果オーライの申し子。わたしは気さくです。

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