Te wo Arai mashou.

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大森立嗣監督作品のレビュー, コラムです。

(C)2020「星の子」製作委員会

「わけわかんなくなることってあるんだね」

姉・まーちゃんが幼いちひろに呟いたこの言葉は、私たちが生きていくなかで遭遇する “ままならなさ” を素直に表現したものとして私の耳に残った。

人生は、世界は、自分は、わけわかんない。

映画『星の子』は、自分の置かれた境遇を、周りにいるたくさんの他者を、そしてそのなかにいる自分自身を、どのように受け入れていけばよいのかという問いについて、煮えきらないまま考え続けるひとりの中学生の姿を描いた作品だと筆者は考えている。新興宗教という個別的なモチーフが用いられているが、それを通して抽出されているのは普遍的なテーマだ。

(C)2020「MOTHER」製作委員会

上映時間、2時間6分。長く重く、どろついた時間をかけて底のほうに溜まっていく沈殿。ラストカットの長澤まさみの顔はその澱(おり)を眺めているような、あるいは澱そのもののような表情であった。

あの表情は、あの沈殿は、ひいてはあの作品は、何を描いていたのだろうか。

(C)2019 映画「タロウのバカ」製作委員会

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『セトウツミ』や「まほろシリーズ」、『ぼっちゃん』などを監督してきた大森立嗣(おおもり・たつし)による2019年の映画『タロウのバカ』をレビューします。「社会の外側を見ること」に伴う息苦しさ・閉塞感は、映画館という空間だからこそ成り立っていたのではないか、という論考です。

それではどうぞお召し上がりください。

慮外放心。呆然。テアトル梅田の地下劇場から地上へ登るときの筆者のその心持ちは、このように表現するほかありません。

戸籍もなく、就学経験もなく、そぞろに毎日を過ごす少年・タロウ。エージ、スギオという高校生の仲間とともに、3人で奔放で破滅的な時間に身を投じて消耗する日々。あることをきっかけに一丁の拳銃を手にしたことから、タロウたちは邪悪でからりとした刺激を加速させることとなる――。これが『タロウのバカ』の簡単なあらすじです。しかしこれはさっぱりと爽やかな青春群像劇でも、うなるほどの痛快なケイパーアクション劇でもない。真夏の炎天下に、手負いの蟻がもがく様をじいっと眺めつづけるような忍耐を要する、静的な苦しみの伴う映画なのです。

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