Te wo Arai mashou.

カテゴリー: レビュー

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『1917年 命をかけた伝令』は、第1次世界対戦中1,600人の命を救うための伝令を運ぶ、戦場の中を走り抜けて、お手紙を手渡しで届けに行く話だ。1917年はスマホでLINEを開けば、10秒でメッセージが送れる今とは大違い。「ちょっと連絡したい」と思っても手軽な連絡手段がない。実際に行かないといけないのだから。

さて、この映画は最初から最後まで一息に撮影された「ワンカット」映画だと大きく喧伝されているが、残念ながら実際のところはそうではない。「ワンカット風」なのだ。

「いやいや、ここ編集してるでしょ!」「このシーンの暗転では流石に切り替えられるでしょ!」と怒っている人すらもいるくらいだ。あくまでもワンカット「風」なのだ。

気になるのは、なぜワンカット警察にどやこや怒られるリスクを背負ってまで、わざわざワンカット風で仕上げたのか? ということだ。「風」であったとしてもかなり面倒であることには変わりない。

どうしてそんなめんどくさいことをしたのか? という疑問をこの記事で考えていきたい。

(C)2020「劇場」製作委員会

この記事には映画『劇場』の重要なネタバレが書かれています。

アタマからいきなりラストシーンに触れています。ご注意ください。

まだ映画を見ていない方はすぐにこのページを閉じてください。

本当に素晴らしい映画ですから、前情報なしに鑑賞していただければ幸いです。

ぼくは『名探偵ピカチュウ』という作品に大きな期待を持って映画館に足を運んだ訳ではなかった。

デートのプランとして映画館に行くことになっていたその日、相手の女性とぼくのふたりが無難に観て過ごすことのできる映画として『名探偵ピカチュウ』を選んだからだ。

お互い平成生まれで、ポケモン第1期の世代だったので子どもの頃に夢中になったポケモンたちがハリウッドで映画化されることに多少は期待していた。

だけど、まさかここまで映画として楽しめるものだとは!少なくともぼくは想像していなかった!

誰にも見られていない一人きりの部屋の中でぼくは何をする?

全ての欲望を完全に解放するなら何をする?

そして、それら全てを完全に隠し通すことができるなら本当の本当に何をする?

誰にも見られていない状況でそれらを全て隠し通すことができて、なおかつ、何もかもを解放できるなら……

きっとここには書けないようなあんなことやこんなこと、あらゆる欲望を満たすだろう。

——あなたなら、①と②のどちらを選ぶだろうか? 僕は①の「だけど」を選ぶ人のほうが多いと予想する。

どうして「②だから」ではなく「①だけど」が入ったほうが自然な文に思えてしまうのか。この記事のテーマはまさにこの疑問にある。

「共感」と「おもしろいかどうか」。2つの間に結ばれた関係はどのようなものか。小説「劇場」を通して考えてみよう。

後編:無限大な夢の後の何もない世の中に生きる子どもたち | 『デジモンアドベンチャー LAST EVOLUTION 絆』

アニメシリーズ20周年記念作品として2020年2月に公開された『デジモンアドベンチャー LAST EVOLUTION 絆』の舞台は2010年。

かつて  “選ばれし子どもたち” と呼ばれ、デジモンたちとの戦いの日々を送っていた主人公の八神太一たちは大学4回生。

卒業論文、就職活動、アルバイトといった忙しい日常に迫られる平凡な青年となって登場する。

(C)本郷あきよし・東映アニメーション

この作品のテーマは「子どもから大人になる」という普遍的なものであり、デジモンリアルタイム世代のぼくは子ども時代から見た目も性格も変わった太一たちをみて自分に重ねた。

そんな大人になったぼくたちの「子どもから大人になるとはどういうことなのか?」という気持ちの落とし所をこの作品は提示してくれた。

だけど、この作品、一見すると腑に落ちないポイントが存在する。

(C)ORIGIN PICTURES (X&Y PROD) LIMITED/THE BRITISH FILM INSTITUTE / BRITISH BROADCASTING CORPORATION 2014

「望むと望まざるとにかかわらず、大阪大学に入学したみなさんは色んな意味で “社会のエリート” になる人たちですから “エリートでない” 人々のことも責任を持って考えてもらえたら……」

教授は広い教室をぐるっと見回して、大きくうなずきながら、そう言った。

大学に入学してすぐのオリエンテーション、わたしの期待に膨らんだ胸は、一瞬でしおしおになってしまった。プシューーー

わたしはとにかくショックだった。「社会のエリート」になるためじゃなく、学問をしにこの大学に入ったのに。どう考えても自分のことだけで精一杯なのに。しかも、わたしが望むと望まざるとに関わらず? わたしの人生なのに? どうしてそんなひどいことが言えるんだろう? そんなの暴力じゃないか。勝手に人の選択に意味を見出して聞こえのいいラベルを貼りやがって、ふざけんなよ。

IMDbより

ある夜、ふとゴッドタンの “腐り芸人セラピー” を観ていると、お笑いコンビAマッソの加納さんが切実な悩みを語っていた。「お笑いをやりたくてこの世界に入ったのにテレビでは女性としての意見しか求められない」。女芸人は男性の芸人とは違って、芸そのものの面白さではなく、イケメン俳優がスタジオに登場した時の「黄色い悲鳴要員」として、または「NGなしの赤裸々な恋愛トーク要員」としての立ち振る舞いだけを求められている。しかし、それは私のやりたいことではない。私は「芸人」なのだ、と。

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