社会学者が「小説」を書いたらどうなるのか。他者との交わりと自己への内省が同居するこの岸政彦の小説を、自身も社会学を学んでいるライターの安尾日向が語ります。
思い出すこと
自分の一番古い記憶ってなんだろう、と考えてみる。
4歳のとき、もうすぐ生まれてくる妹を、わくわくしながら待っていた病院の廊下の景色だろうか。それともそのもう少し前、幼稚園の入園式の日に、制服を着るのが急に嫌になって、押入れの一番上に登って籠城したときの、少し高いところから見下ろした居間の景色だろうか。
どちらのイメージも、思い出した端から綻びていく淡いものだ。これらは記憶と呼べるのだろうか? 自分が本当にこの目で見たものだという自信は少しもない。印象的なこれらのシーンは、あとになってから家族に聞かされた話を、頭のなかで想像し、再現したイメージに過ぎないのかもしれない。