Te wo Arai mashou.

フラスコ飯店 Posts

毎日闘ってる。自分だけがとかではないと思うけど毎日かなり闘っている。

だいたいにして眠りから目覚めると同時にどこか痛いし、たびたび根拠もわからないまま死にたくなったりする。

自分の生活の中に困難が数多あってそれらと日々闘っていることへの実感がある。

けれど「闘っている」「困難」そういう言葉を虫眼鏡で見てみればその言葉はどこか解像度が粗く、いろいろな要素を取りこぼしているかもしれないとも思う。

もちろん苦しんでいる自分だけが自分なわけではない。一時の苦しみにとらわれて未来まで見えなくなることもあれば、穏やかな時間に差し込んだ陽の光の明るさを信じられるような一瞬もある。握った手に励まされて心が溶けるように泣いた日もあった。

「困難と闘う」は自分の周りだけじゃない、どこにでもあふれている。

けどそれって実のところ、どういうこと?

自分自身の苦しさすらも、思えば拾い上げて真正面から見つめたことがあっただろうか。

(C)2019 日本すみっコぐらし協会映画部

僕は、皆が褒めているものは見たくないという逆張りの病に罹ってしまっていて、大抵の名作は見ていません。そのせいで人生の8割を損しているんじゃないかと思うことがよくありますが、治らないものは仕方ないですね。

(C)2015 THE BOY AND THE BEAST FILM PARTNERS

山よりも高く、谷よりも深い。耳キーン上等の賛否両論がある映画であることは十分に承知している。「否」もよく理解しているつもりでいますが、やはり僕は『バケモノの子』というアニメーション映画に力強く「賛」を叫びたい。

アニメーション映画として、そしてバディムービーとして『バケモノの子』の特異点を書きたいと思います。

(C)2021 Universal Pictures

暴力には反対だけど、暴力映画は称賛したい。

矛盾していますが本当です。いいや、矛盾しているからこそ本当なのかもしれません。人間は痩せたいけど深夜に冷凍チャーハンを貪ったり、貯金したいと口では言いながら何万円もするスニーカーを注文する生き物なのですから。

暴力の見本市みたいな作品がまたひとつ、日本に配給されてきたことを嬉しく思います。

映画『Mr.ノーバディ』。万歳三唱。

“自分は nobody だ”  と宣言する一方で、座席の僕は内心でこう叫ぶ。いや何でもないわけあるかい。いやあ、凄まじい映画でございました。

2021.10.15 / / レビュー

音楽やファッションも抜け目なくカッコよくてぼくは『マトリックス』が大好きだ!

レビューを見て色んな人の感想を読み漁ったこともあったが、もそこではあまり語られない部分がある。それは主人公ネオが覚醒し、そして救世主(the one)となるこの映画のクライマックスである。なぜネオはいきなり救世主になったのか?という部分に関する考察だ。

『アメリ』(2001)から受けた印象はすごくオシャレでパリの街を現実のパリ以上にファンタスティックで楽しい街に映し出してくれる映画というものだった。

パリの街を幻想的に映し出すことでファンタジーの世界にも見えなくもないように表現していたり、そのためにカラーグレーディングは昨今Instagramなどでもよく使われる “映画風フィルター” の元となる技法の「ティールアンドオレンジ」を使っていたり。背景や衣装には補色同士の赤と緑を常に配置し、映画のテーマカラーを常に観客にみせてるなどの工夫により作品の世界観が特徴的な一本である。

Twitter あります